第17話 戦わない日

 このくに数年前すうねんまえまで、王国おうこく統治下とうちか安寧あんねい平和へいわ享受きょうじゅしていた。

 帝国ていこくぐん侵攻しんこうで、それはもろくもくずった。

 帝国は魔王まおう復活ふっかつさせ、魔王配下はいか魔物まものの力をり、圧倒的あっとうてきつよさで王国を征服せいふくした。国には魔物があふれ、秩序ちつじょうしなわれてしまった。

 魔物が見境みさかいなく人間にんげんおそい、人間はとりでみたいな町をつくってを守る、無法むほう世界せかいがここにはある。


   ◇


 小砦しょうとりでワーツを出発しゅっぱつしてから、数日すうじつをかけて、いくつかの小砦を通過つうかした。何箇所なんかしょかで、フェトが魔物まもの調査ちょうさをしていた。

 帝国ていこく東端とうたんちかくまで迂回うかいして、乗合のりあい馬車ばしゃひがしはし小砦しょうとりで辿たどいた。そこでいよいよ、東の大砦おおとりでとなりの小砦にはいじゅう武装ぶそう馬車ばしゃだんへとえた。

 馬車ばしゃだんは、ここまでとはくらべものにならない厳重げんじゅう武装ぶそうの、五台のはこ馬車で編成へんせいされる。十二人のこうランクハンターが、用心棒ようじんぼうとして同行どうこうする。かく馬車に分乗ぶんじょうして、一台に二、三人の用心棒がいる計算けいさんになる。

 たかが小砦しょうとりでかうのに大袈裟おおげさな、とおもうかもれない。

 しかし、大砦おおとりでとなりの小砦の周辺しゅうへんには、大砦の周辺にるようなつよ魔物まもの普通ふつうにウロつく。大砦周辺の範囲はんいと、小砦周辺の範囲はんいかさなる部分ぶぶんがあるのだから、たりまえではある。

 大砦おおとりで周辺しゅうへんくらべると、強い魔物の出現しゅつげん頻度ひんどそのものはひくい。本場ほんば近場ちかばである。

 出現しゅつげん頻度ひんどが低くても、同程度どうていど警戒けいかい必要ひつようになる。だから、馬車ばしゃ警備けいび厳重げんじゅうにせざるをない。

 じゃあ帝都ていと周辺しゅうへんはどうなのか、というはなしになる。

 帝国ていこく中心ちゅうしんにある帝都の周辺しゅうへん、帝都の四方しほうにある東西南北とうざいなんぼくよん大砦おおとりでの周辺、大砦から国境こっきょう方向ほうこう点在てんざいする小砦しょうとりでの周辺、のじゅん魔物まものつよいとかんがえて間違まちがいない。かく範囲はんいかさなる部分ぶぶんは、双方そうほうの魔物が半分はんぶん程度ていどずつる。

 小砦しょうとりで周辺しゅうへんはザコしかいないから、魔物まものハンターを用心棒ようじんぼうにした乗合のりあい馬車ばしゃ移動いどうできる。大砦おおとりで周辺は、大軍たいぐんでないと移動もままならない。

 帝都ていと周辺しゅうへんは、魔境まきょうである。意味いみ不明ふめい強大きょうだい凶悪きょうあくな魔物が跋扈ばっこし、大軍たいぐん容易ようい消失しょうしつする。帝国軍ていこくぐんすらちかづけず、帝都の状況じょうきょうながらく不明、といううわさまである。


   ◇


「キャーッ!」

 フェトが悲鳴ひめいをあげた。アタシにきついてきた。

「ユッ、ユ、ユ、ユウカさんっ! あれっ! そ、そ、そとっ!」

 蒼褪あおざめて、銀縁ぎんぶち眼鏡めがねおくつぶらなひとみで、涙目なみだめで見あげてくる。小さな手がふるえて、はこ馬車ばしゃほそまどゆびさす。

「どうしたの、フェト?」

 アタシは、フェトのあたまでながら、まどのぞいた。

「うわー! すごい! アタシじゃあてない魔物ヤツだ!」

 おもわず、よろこんだ。資料しりょうでしか見たことのない魔物まものだ。

 じゅう武装ぶそう馬車ばしゃ五台よりも大きなおおで、地面じめんらしてける。爬虫類はちゅうるいがたで、極太ごくぶと尻尾しっぽでバランスをり、巨体きょたい水平すいへいかたむけ、発達はったつした後脚あとあし二本で、ふとつめで土をえぐすすむ。全身ぜんしん強靭きょうじん筋力きんりょくと、硬質こうしつ外皮がいひと、大きなきばならぶ口が、冗談じょうだんみたいな形状けいじょう構成こうせいをしている。

 前脚まえあし二本は小さくて、胸元むなもとかざ程度ていどしかない。これも冗談じょうだんみたいな見た目である。

 名称めいしょうは『デミリザードキング』だ。リザードとついていても、トカゲっぽさはない。もっと圧倒的あっとうてきで、暴力的ぼうりょくてきで、破壊的はかいてきで、破滅的はめつてきだ。

「よっ、よろこんでいる場合ばあいではございませんことよ! わたくしたち、みなべられてしまいますわ!」

 魔物まもの研究者けんきゅうしゃのフェトがみだす。理由りゆうかる。

 つよいとかよわいではか魔物まものじゃない。遭遇そうぐうしてのこれるかどうか、をかんがえる相手あいてではある。

 でも、この目で見られてうれしい。実物じつぶつ迫力はくりょくちがう。情報じょうほうだけではからないことが、目に見えてくる。

『グオオォォォォォ!!!』

 すさまじい咆哮ほうこうとどろいた。はこ馬車ばしゃがビリビリとふるえた。咆哮ほうこうからげるように、たおれそうな角度かくどかたむいた。

「キャーッ!」

 アタシにきつくフェトが、さらにつよくしがみついた。巨乳きょにゅうに抱きつかれるとこんなかんじか、とおもった。

大丈夫だいじょうぶですよ、おきゃくさんがた。この馬車ばしゃだんには、こうランクの魔法使まほうつかいも同行どうこうしてます」

 同乗どうじょうする用心棒ようじんぼうが、乗客じょうきゃくいたこえをかけた。

 用心棒ようじんぼうも乗客も、いたものだ。パニックになるのはフェトくらいだ。

 あれを見て冷静れいせいなんて、この経路けいろ使つかれている。見たかん行商人ぎょうしょうにんばかりで、はこ馬車ばしゃに、所狭ところせましと荷物にもつならぶ。荷物のあいだに、人がめてすわる。

 用心棒ようじんぼうのランクは、A以上いじょうだろう。二十代にじゅうだいなかばの男で、たかほそマッチョで、防具ぼうぐ被覆率ひふくりつ五割ごわりほどの板金ばんきんよろいで、武器ぶき伸縮しんしゅくする十文字じゅうもんじやりだ。

 魔物まものハンターのランクを判断はんだんする要素ようそとしては、武器ぶき特殊性とくしゅせいがある。ハンターは、ランクがたかいほど武器にこだわる。きをんだ特注品とくちゅうひんで、だいたい大きくて、ゴツかったり豪華絢爛ごうかけんらんだったりギミック満載まんさいだったりするのである。

 まあ、こんな危険きけん地帯ちたい用心棒ようじんぼうをしているのなら、ランクはたかいにまっている。武器ぶきを見るまでもない。

「ほら、ましたよ、おきゃくさん。すぐにわります」

 用心棒ようじんぼうが、ほそまどそとの、そらゆびさした。

 アタシは、指さされた空を見あげた。

 くもぞらから、えるいわちてくる。見たこともない魔法まほうである。

岩石がんせき火炎かえん複合ふくごう高位こうい魔法まほう、『審判のジャッジメントデイ』です。物理ぶつりつよいが魔法によわいデミリザードキングであれば、イチコロですよ」

 ニコやかな解説かいせつわるころには、えるいわがデミリザードキングに直撃ちょくげきした。すさまじい爆発音ばくはつおんけて、あばれる強風きょうふうれた。アタシはおもわず、かおまえに左手をかざした。

「うわぁ……。ビックリした……」

 強風きょうふうしずまって、おそおそる左手をどける。爆発ばくはつのあった場所ばしょには、え、けむりがのぼる。デミリザードキングは、もういない。

 馬車ばしゃだんは、みだれた隊列たいれつととのえつつ、着弾ちゃくだん地点ちてん横目よこめうまあしはやめた。


   ◇


「う~ん、残念ざんねん。ちょっとたたかってみたかったなぁ」

 アタシのつぶやきに、三十さいくらいのマッチョがわらう。メリケンサックをたくさんつなげたような、金属製きんぞくせいのナックルを装備そうびしている。用心棒ようじんぼうの一人だとおもわれる。

威勢いせいのいいじょうちゃんだな。ご同業どうぎょうらしいが、やめときな。アレに接近戦せっきんせんなんざ、きにされてわりだ」

「やっぱり、そうよねぇ」

 アタシもわらった。十文字じゅうもんじやり用心棒ようじんぼうも笑った。

 こうランクのハンターなんて、だいたいこんなかんじだ。自信家じしんかで、魔物まものとのたたかいをおそれない。初見しょけんの魔物でも、恐怖きょうふより好奇心こうきしんまさる。

 勇敢ゆうかん蛮勇ばんゆうか、豪快ごうかいかんがえなしか。ハンターではないものの目には、どううつるのだろうか。

「ユウカさん。ギガントスネークのときもそうでしたけれど、かんがかた無茶むちゃぎていらっしゃいますわ。もうすこし、思慮しりょちましたほうがよろしくてよ」

 心配顔しんぱいがおのフェトに苦言くげんていされた。

 ギガントスネーク退治たいじおとり作戦さくせんも、フェトには心配しんぱいされた。こうランクパーティが入念にゅうねん準備じゅんびととのえてから討伐とうばつかう魔物まものだと、さとされた。

 それはべつの魔物の介入かいにゅうまで想定そうていした戦力せんりょくだとか、対象たいしょう一体に集中しゅうちゅうできるなら問題もんだいないとか、説明せつめいしてもいてもらえなかった。まあたしかに、実際じっさいたたかう魔物ハンターと、理屈りくつかんがえる研究者けんきゅうしゃでは、認識にんしき差異さい仕方しかたないのだろう。心配しんぱいしない理由りゆうにはならないのだろう。

「だいじょーぶだいじょーぶ。これでもランクSハンターだから。それに、つよ魔物まものってっても、一たい一でこう勝負しょうぶできれば、どうにかなったりするものよ」

 アタシは、お気楽きらくわらってこたえた。

「ハッハー! そういうもんだ、おきゃくさん。安心あんしんしてまかせてくれればいいのさ」

 用心棒ようじんぼう二人も、お気楽きらくわらった。

 アタシのかぎり、こうランクのハンターなんて、だいたいこんなかんじだ。



帝国ていこく征服せいふくされて魔物まもの蔓延はびこくにで女だてらに魔物ハンターやってます

第17話 たたかわない/END

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