第11話 天を貫く一矢

 このくに数年前すうねんまえまで、王国おうこく統治下とうちか安寧あんねい平和へいわ享受きょうじゅしていた。

 帝国ていこくぐん侵攻しんこうで、それはもろくもくずった。

 帝国は魔王まおう復活ふっかつさせ、魔王配下はいか魔物まものの力をり、圧倒的あっとうてきつよさで王国を征服せいふくした。国には魔物があふれ、秩序ちつじょうしなわれてしまった。

 魔物が見境みさかいなく人間にんげんおそい、人間はとりでみたいな町をつくってを守る、無法むほう世界せかいがここにはある。


   ◇


「スピニースさん、応急おうきゅう処置しょちわった」

 スピニースのきず包帯ほうたいいていたロニモーが、かおをあげた。包帯と回復薬かいふくやくで、どうにか止血しけつはできたようだ。

 このパーティに回復かいふく魔法まほう使つかいはいない。

 魔法まほう使つかいは希少きしょうだ。回復かいふく魔法使いとなると、さらに希少だ。希少で重用ちょうようされるゆえに就職しゅうしょくさきにはこまらないし、魔物まものハンターなんて危険きけん仕事しごとをする理由りゆうがない。

 つまり、回復魔法使いの魔物まものハンターなんて、どこのパーティをさがしてもいないのである。

 できれば、アタシがスピニースに包帯ほうたいきたかった。こまかい作業さぎょう苦手にがてなので、くやなみだ我慢がまんしながらロニモーにゆずった。

手間てまをかけさせてわるいな。これから、勝利への道ビクトリーロードしめす」

 スピニースが、ゆみつえのようにすがって、立ちあがる。やぶれたふく包帯ほうたい痛々いたいたしい。

 は一本のみ、ゆみ使つかいの余力よりょく一射いっしゃのみ、つぎはない。

「ワシがまえに立とう。いかな攻撃こうげきも、ふせいでみせる」

 フォートレスがまえすすた。タワーシールドを、いわだらけの斜面しゃめんき立てた。

「ロニモーは、周囲しゅうい警戒けいかい対処たいしょたのむ。同時どうじに、おれとロックちょう攻撃こうげきにもくば必要ひつようのある、高難度ヘビー役割ロールだぜ」

「分かった。おら、周囲しゅうい警戒けいかい

 ロニモーが、スピニースの左がわに立ち、金棒かなぼうかまえた。

 となると、アタシは、フォートレスのとなりならぶ。

「アタシも、まえを守ったほうがいいわよね? そのほうが、安心あんしんしてはなてるわよね?」

「ピンクハリケーン。あんたは、おれ後方こうほうだ」

 スピニースの華奢きゃしゃゆびが、後方こうほうの、斜面しゃめんすこしくだったあたりをしめした。

 指示しじ意味いみするところが、一瞬いっしゅん、分からなかった。周囲しゅうい警戒けいかいはロニモーにまかせたし、後方こうほうべつ役割やくわりのこっているとはおもえない。

 疑問ぎもんさっした微笑びしょうで、スピニースが夜空よぞらゆびさす。うでを上へとばし、ロックちょうばたくおとのするやみを、ぐにしめす。

おれは、この一矢いっしロック鳥やつとせる、とった。だが、たおせるとは言ってない」

 夜空よぞらゆびさす手をおろし、ふたた後方こうほうしめす。

ちたロック鳥やつにトドメをすのが、あんたの役割ロールだ。その大役たいやくは、ピンクハリケーンにしかたのめない」

 もしかして、たよりにされている。信頼しんらいされている。

「まっ、まっ、まかせてっ! くださいっ! やってやりますよぉ!」

 アタシはうれしくて、かわいいこえ口調くちょうこたえた。興奮こうふんしすぎて、ちょっとんだ。

「ふっ。たのむぜ、心強こころづよ仲間バディたち。おれ合図あいずで、照明弾しょうめいだん上空じょうくうげてくれ」

 スピニースが、なが緑髪みどりがみかぜなびかせながら、自信じしんちた微笑びしょうかべた。


   ◇


 岩山いわやまやみつつまれる。斜面しゃめんには、つよかぜつづける。夜空よぞらに、ロックちょうばたきがこえる。

 スピニースが、ゆみ片端かたはし地面じめんき立て、かまえる。一本だけのこったつがえ、引きしぼる。強風きょうふうの中でも不思議ふしぎとおうつくしいこえで、おとつむはじめる。

 いたことのない音だ。エルフは精霊せいれい魔法まほう使つかえる、といたことがあるから、それだろう。

 精霊せいれい魔法まほうとは、人間にんげん使つかう魔法とはべつの魔法だ。それ以上いじょうらない。むずかしいのは苦手にがてだ。

 いつのにか、かぜよわまりはじめている。強風きょうふうれる岩山いわやまにあって、千載せんざい一遇いちぐうのチャンスである。奇跡きせきみたいなタイミングで、てん味方みかたしてくれている。

「さあ、親友ともよ。おれ踊っダンスしてくれ」

 いや、奇跡きせきでもなんでもないと、見て分かる。

 かぜがやんだ。完全かんぜんに、無風むふうになった。場所ばしょかんがえれば、ないことだ。

 わりに、スピニースが引きしぼゆみに、周辺しゅうへんすべてのかぜつどう。かたちのない風の、形が見えるほどの密度みつどを引き、からみつき、うずく。

かぜ精霊せいれい魔法まほう……ってこと? はじめて見たわ……」

 ランクSのゆみ使つかいだけある。『かぜ親友とも』の意味いみ理解りかいする。ロックちょうとせる自信じしん納得なっとくする。

 ゆみてきであるはずのかぜが、スピニースの味方みかたとなった。絶望的ぜつぼうてきだった風圧ふうあつかべが、強力きょうりょく無比むひやいばとなった。たった一本の矢が、無数むすう風刃ふうじんまとう、竜巻たつまきとなった。

「いいぜ! ピンクハリケーン! 照明弾しょうめいだんげろ!」

 スピニースがさけんだ。

「いくわよっ!」

 アタシは、照明弾しょうめいだん空高そらたかほうげた。トロール女とか失礼しつれい評判ひょうばん腕力わんりょくで、全力ぜんりょくだ。

 たかいだけで、比率的ひりつてきには華奢きゃしゃだから。ちょっと筋肉質きんにくしつなだけで、マッチョじゃないから。むねはなくても、人間の十六さい可憐かれん美少女びしょうじょだから。

 夜空よぞらの高くに、つよひかりかがやいた。一帯いったいが、昼間ひるまみたいにあかるくなった。

「ブオオオオオォォォォォ!」

 ロックちょうおもいた。

 上空じょうくう旋回せんかいする。こっちを見る。

 巨大きょだいわしのような見た目をしている。巨大なつばさかたむけ、降下こうかはじめる。くちばしを下に、一気いっきに、大気たいきを切りいきおいで急降下きゅうこうかしてくる。

るぞ!」

 途中とちゅうで、一つばたく。前傾ぜんけいからあたまこし、足の大きな鉤爪かぎづめをこちらにける。減速げんそくはしたが、鉤爪かぎづめを向けて、やはり一直線いっちょくせん降下こうかしてくる。

 あの鉤爪かぎづめつかまれたら、人間にんげんごときは容易たやすく引きかれてわる。フォートレスみたいなのがえられたとしても、上空じょうくうたかくにられて、地面じめんとされてつぶれて終わる。

「ゲコォッ!」

 ロックフロッグのごえこえた。見るまえに、ロニモーの金棒かなぼうはじばされた。三人とも、そっちを見もしなかった。

いまこそ! てんつらぬく! いのちしければ、まれるなよ!」

 華奢きゃしゃゆびはなす。竜巻たつまきゆみから射出しゃしゅつされる。岩山いわやま斜面しゃめんけずってのぼり、急上昇きゅうじょうしょうして、急降下きゅうこうかするロックちょう真正面ましょうめんから衝突しょうとつする。

「ブオオオオオォォォォォ!」

 ロックちょうおもいた。

 無数むすう風刃ふうじんが、その巨体きょたいよりもさらに大きなかぜうずが、ロック鳥を切りいた。

 巨体にはきずあさすぎて、致命傷ちめいしょうにはとどかなかった。しかし、羽根はねをメッタ切りにして、とした。

 巨大きょだいなロックちょうが、岩山いわやま斜面しゃめんちる。轟音ごうおんともに落ち、すべり、ねる。跳ねながら、こっちにころがってくる。

まかせてもらう!」

 フォートレスがたてかまえ、ロックちょう進路しんろ真正面ましょうめんに立ちふさがった。

 ロック鳥の巨体きょたい直撃ちょくげきしようものなら、不落ふらく前衛ぜんえいフォートレスでも無理むりだ。フルプレートメイルもベッコベコのスクラップ確定かくていだ。中身なかみ末路まつろなんて、想像そうぞうもしたくない。

 そんな無謀むぼうは、フォートレス本人ほんにん理解りかいしているはずである。なにしろ、アタシよりも経験けいけん豊富ほうふあたまがいい。

 この状況じょうきょうでのすじは、ロックちょう斜面しゃめんねた下をくぐる、か。こう勝負しょうぶながしが通用つうようする重量じゅうりょうじゃあないし。

 負傷ふしょうしたスピニースではかわしきれない、と判断はんだんして、無理むりでもなんでも対処たいしょする可能性かのうせいもある。ありそうでこわい。

 つよ魔物まものとの戦闘せんとうでは、無理むりとおすしかない場面ばめんもよくある。可憐かれん美少女びしょうじょ大斧おおおのたてとしてラムライノスの突進とっしんけとめる、みたいな状況じょうきょうである。そういう場面におお遭遇そうぐうしたハンターほど、無理むりとお覚悟かくごなくして無理を通せるわけがない、とっている。

 どちらにしても、フォートレスほどのハンターが決断けつだんしたのならば、しんじよう。まかせよう。任せるしかない。

るぞ!」

 巨躯きょく大男おおおとこのフルプレートメイルが、ショルダープレートをタワーシールドにてる。武骨ぶこつなプレートブーツを斜面しゃめんませ、その巨躯きょくをシールドの支柱しちゅうとする。

 ロックちょう巨体きょたい眼前がんぜんせまる。斜面しゃめんころがり、いわくだいて、すぐ目のまえねる。

「ラッキー! ねた!」

 アタシはおもわずよろこんだ。

 しかし、下をくぐるにはひくい。この軌道きどうでは、落下らっかまれてつぶされる。

 ロックちょうの巨体がフォートレスのタワーシールドにたった。シールドの上部じょうぶに引っかかったかんじだ。

「ふんぬっっっ!!!」

 タワーシールドでしあげる。

 押しあげられるはずがない。重量じゅうりょうけたちがう。ちてきたものは、さらにおもい。

「どぉっっっせぇぇぇいっっっ!!!」

 フォートレスが重低音じゅうていおんさけんだ。ショルダープレートで、フルプレートメイルの全身ぜんしんで、ささえるタワーシールドをしあげようとった。

 ねたロックちょうちる。アタシもスピニースもロニモーもそのせる。軌道的きどうてきつぶされそうながしていたが、まさかかすかにでもしあげられたのか、体のギリギリをかすめてとおりすぎる。

めろ! ピンクハリケーン!」

 スピニースがあつさけんだ。

 われなくとも、き立ちあがる。ちるロックちょうって、斜面しゃめんけおりる。いわみ、つより、ぶように、全力ぜんりょく肢体したいす。

「たぁっ!」

 大斧おおおの両手りょうてにぎり、頭上ずじょうりあげ、ロックちょう目掛めがけてジャンプする。全速ぜんそくころがりちるロック鳥は、アタシがけおりるよりはやい。チャンスは、この一撃いちげきしかない。

 三人がつないでくれた千載せんざい一遇いちぐう好機こうきだ。失敗しっぱいゆるされない。絶対ぜったいに、なになんでも、トドメをすのだ。

 大斧おおおのりかぶる。背筋はいきん限界げんかいまで海老反えびぞる。大斧をにぎ両腕りょううでに力をめる。

「ぐぎぃぃっっ!」

 いしばり、腹筋ふっきん上体じょうたいを引きもどす。腕力わんりょく大斧おおおのも引き戻す。大斧の重量じゅうりょうとアタシの筋力きんりょくに、いきおいとちるいきおいをプラスして、いませる最大さいだい威力いりょくで、ロックちょうへと大斧をりおろす。

「くぅらえぇぇぇぃっっっっっ!!!!!」

 やいばがロックちょうき立った。

「ブオオオオオォォォォォ!」

 ロックちょうおもいた。

 大斧おおおのさったまま、ロック鳥はくだ斜面しゃめん数回すうかいねる。える。宝石ほうせきわる。

「うおあぁっ! いやったわぁっ!」

 アタシは、歓喜かんき雄叫おたけびをあげた。



帝国ていこく征服せいふくされて魔物まもの蔓延はびこくにで女だてらに魔物ハンターやってます

第11話 てんつらぬ一矢いっし/END

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