帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます

第10話 ハンターのプライド

帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます

第10話　ハンターのプライド

　この国（くに）は数年前（すうねんまえ）まで、王国（おうこく）の統治下（とうちか）で安寧（あんねい）と平和（へいわ）を享受（きょうじゅ）していた。

　帝国（ていこく）軍（ぐん）の侵攻（しんこう）で、それは脆（もろ）くも崩（くず）れ去（さ）った。

　帝国は魔王（まおう）を復活（ふっかつ）させ、魔王配下（はいか）の魔物（まもの）の力を借（か）り、圧倒的（あっとうてき）な強（つよ）さで王国を征服（せいふく）した。国には魔物が溢（あふ）れ、秩序（ちつじょ）は失（うしな）われてしまった。

　魔物が見境（みさかい）なく人間（にんげん）を襲（おそ）い、人間は砦（とりで）みたいな町を造（つく）って身（み）を守る、無法（むほう）の世界（せかい）がここにはある。

　　　◇

　頂上（ちょうじょう）にロック鳥（ちょう）の巣（す）がある岩山（いわやま）を登（のぼ）った。

　頂上を目の前（まえ）にして、ロックフロッグの群（む）れに襲撃（しゅうげき）された。

　ロックフロッグの鳴（な）き声（ごえ）で、ロック鳥にアタシたちの接近（せっきん）を気（き）づかれた。

　ロック鳥が、縄張（なわば）りへの侵入者（しんにゅうしゃ）を攻撃（こうげき）するため、不安定（ふあんてい）に積（つ）み重（かさ）なる岩（いわ）を崩（くず）して落（お）とした。

　そんな感（かん）じだと思（おも）う。

　岩（いわ）が転（ころ）がり落（お）ちる。岩（いわ）同士（どうし）がぶつかり、割（わ）れて、破片（はへん）を撒（ま）き散（ち）らす。斜面（しゃめん）の窪（くぼ）みに隠（かく）れていても、容赦（ようしゃ）なく降（ふ）り注（そそ）ぐ。

　ガンゴンガンと、硬（かた）い音（おと）が轟（とどろ）く。夜（よる）の闇（やみ）に、音だけが響（ひび）く。蹲（うずくま）って、武器（ぶき）や鎧（よろい）で急所（きゅうしょ）を守るしか、できることがない。

　たくさんの岩（いわ）が転（ころ）がる音が轟（とどろ）く。暗（くら）くて見えない。音だけが轟（とどろ）く。

　激（はげ）しい音（おと）と、岩がぶつかる感触（かんしょく）と、痛（いた）みだけがある。温（ぬる）い液体（えきたい）が肌（はだ）を流（なが）れる。音が静（しず）まるまで、耐（た）えるしかない。

　……静（しず）かになった。落石（らくせき）が終（お）わった。アタシは、暗闇（くらやみ）に立ちあがった。

「みんな、大丈夫（だいじょうぶ）？　大きな怪我（けが）とか、ない？」

　アタシはユウカ。まだ十六歳（さい）の可憐（かれん）な少女の身（み）でありながら、ハンターギルドに所属（しょぞく）し、魔物（まもの）の討伐（とうばつ）を生業（なりわい）とする。

　武器（ぶき）は、両刃（りょうば）の大斧（おおおの）を愛用（あいよう）する。防具（ぼうぐ）は、急所（きゅうしょ）と関節（かんせつ）を金属鎧（きんぞくよろい）で守る、白銀（はくぎん）のハーフプレートである。

　女にしては背（せ）が高く、女にしては筋肉質（きんにくしつ）で、パワータイプの近接（きんせつ）戦士（せんし）である。胸（むね）はない。ピンク色（いろ）の長髪（ちょうはつ）で大斧（おおおの）を振（ふ）りまわす戦（たたか）い方（かた）から、『ピンクハリケーン』の二つ名で呼（よ）ばれる。

　みんなの返事（へんじ）を待（ま）つ間（あいだ）、周囲（しゅうい）を見まわす。ランタンが落（お）ちている。明（あ）かりが消（き）えていなくて、光が弱（よわ）いながらも明（あか）るい。

　前屈（まえかが）んでランタンを拾（ひろ）う。自身（じしん）を照（て）らす。あちこち服（ふく）が破（やぶ）れ、血（ち）が滲（にじ）む。

「まぁ、問題（もんだい）ないわね」

　運（うん）がいい。軽傷（けいしょう）で済（す）んだ。魔物（まもの）ハンターなら、この程度（ていど）の怪我（けが）は日常茶飯事（にちじょうさはんじ）だ。

「ゲコォ！」

　太（ぶっと）い蛙（かえる）の舌（した）が、腕（うで）に巻（ま）きつく。今（いま）の落石（らくせき）で無事（ぶじ）だったロックフロッグが、まだまだたくさんいる。

　ロックフロッグの舌（した）は、ネチョネチョと粘（ねば）っこい粘液（ねんえき）に覆（おお）われている。ネチョネチョする。気持（きも）ち悪（わる）い。

「うへぇっ……」

　思（おも）わず声（こえ）が出（で）た。

　この岩山（いわやま）にロック鳥（ちょう）以外（いがい）の魔物（まもの）がいるとは、予想外（よそうがい）だった。

　ロックフロッグどもも、ロック鳥に発見（はっけん）されないように、身（み）を隠（かく）していたのだろう。弱者（じゃくしゃ）が強者（きょうしゃ）に見つかれば、縄張（なわば）りから追（お）い出（だ）されるか宝石（ほうせき）に成（な）り果（は）てるか、だ。そりゃもう完璧（かんぺき）に隠（かく）れようと必死（ひっし）だっただろう。

　結果（けっか）、アタシたちも、ロックフロッグの存在（そんざい）に気（き）づけなかった。そのせいで、ロック鳥に気づかれて、先制（せんせい）攻撃（こうげき）された。

　さて置（お）き、今（いま）はこのロックフロッグの対処（たいしょ）が先（さき）である。舌（した）が絡（から）むのがランタンを持（も）つ方（ほう）の腕（うで）だから、力任（ちからまか）せに振（ふ）り払（はら）うわけにもいかない。ランタンが壊（こわ）れたら怒（おこ）られる。

　何もしてないのに壊（こわ）れた、とかよくある。何もしてないのに怒（おこ）られる。

「うおおおっ！」

　金棒（かなぼう）がロックフロッグの頭（あたま）を叩（たた）いた。ロックフロッグが消（き）えて、小（ちい）さな宝石（ほうせき）が落（お）ちた。ネチョネチョの舌（した）から解放（かいほう）された。

「大丈夫（だいじょうぶ）みたいね、ロニモー」

　暗（くら）がりから現（あらわ）れたロニモーを照（て）らす。あちこち怪我（けが）しているが、大きな傷（きず）はない。

「おら、サウク族（ぞく）の戦士（せんし）。丈夫（じょうぶ）、強（つよ）い、自慢（じまん）。誇（ほこ）り、懸（か）けて、戦（たたか）う」

　ロニモーが、身長（しんちょう）ほどもある金棒（かなぼう）で、ロックフロッグどもを弾（はじ）き飛（と）ばす。次々（つぎつぎ）に消（き）えて、宝石（ほうせき）に変（か）わる。

　ロニモーは、アタシと同（おな）じか少（すこ）し年上くらいの、遊牧民（ゆうぼくみん）の青年（せいねん）だ。全身（ぜんしん）を羽飾（はねかざ）りで飾（かざ）り、日焼（ひや）けした半裸（はんら）マッチョに革（かわ）ジャケット革（かわ）パンを纏（まと）う、将来（しょうらい）有望（ゆうぼう）な新人（しんじん）ハンターだ。

「ロニモー殿（どの）は無事（ぶじ）であったか」

　暗（くら）がりから、フルプレートメイルが現（あらわ）れた。

「どんな窮地（きゅうち）でも、アンタだけは無傷（むきず）ってのが釈然（しゃくぜん）としないわ」

　アタシは、フルプレートメイル、もとい、フォートレスに悪態（あくたい）をついた。

「がっはっはっ！」

　フォートレスが豪快（ごうかい）に笑（わら）った。

「あとは、スピニースさぁん！　ご無事（ぶじ）ですかぁ！」

　かわいい声（こえ）と口調（くちょう）で呼（よ）びかける。暗闇（くらやみ）をあちこち照（て）らす。

「大丈夫（だいじょうぶ）だ。問題（もんだい）ない」

　スピニースが、強風（きょうふう）に長（なが）い緑髪（みどりがみ）を靡（なび）かせながら、ランタンの灯（あか）りの中へと進（すす）み出（で）た。

　左腕（うで）を、右手で押（お）さえている。右足を引きずっている。タイトな服（ふく）が破（やぶ）れて、頭（あたま）から血（ち）が流（なが）れる。

　大きな怪我（けが）だ。

　スピニースは、華奢（きゃしゃ）なイケメンエルフである。軽装（けいそう）の弓使（ゆみつか）いであり、今回（こんかい）のロック鳥（ちょう）討伐（とうばつ）の主力（しゅりょく）である。その主力が、戦闘（せんとう）に支障（ししょう）をきたすような、酷（ひど）い傷（きず）を負（お）っている。

「フォートレス。今回の討伐（とうばつ）は失敗（しっぱい）よ。撤退（てったい）を提案（ていあん）するわ」

　主力（しゅりょく）の弓使（ゆみつか）いが負傷（ふしょう）しては、討伐（とうばつ）の失敗（しっぱい）も仕方（しかた）ない。高（こう）ランクパーティでも、いつでも何でも成功（せいこう）できるとは限（かぎ）らない。今回は、これ以上（いじょう）のダメージを被（こうむ）る前（まえ）に撤退（てったい）して、次回（じかい）の討伐に備（そな）えるべきだ。

「うむ。ワシとしては異論（いろん）ないが、スピニース殿（どの）は如何（いかが）かな？」

　三人とも、スピニースに注目（ちゅうもく）する。決定権（けっていけん）は、主力のスピニースにある。

「ギルドでも、一日（いちじつ）を争（あらそ）う、と判断（はんだん）していたぜ。次回までに出（で）るであろう被害（ひがい）を、あんたたちはハンターとして我慢（がまん）できるのか？　被害者（ひがいしゃ）に、我（わ）が身（み）惜（お）しさに逃（に）げました、とでも弁明（べんめい）するつもりか？」

　スピニースが、どこか陰（かげ）のある口調（くちょう）で、強（つよ）い決意（けつい）の声音（こわね）で、鋭（するど）い眼光（がんこう）で答（こた）えた。

「俺（おれ）なら問題（もんだい）ない。傷（きず）は負（お）ったが、一射（いっしゃ）はできる」

　血（ち）の垂（た）れるスピニースの手が、腰（こし）の矢筒（やづつ）を探（さが）す。ない。ベルトが切（き）れている。

　アタシは、ランタンで岩（いわ）だらけの斜面（しゃめん）を照（て）らす。運良（うんよ）く、窪（くぼ）みに引っかかって、黒（くろ）い矢筒（やづつ）が見つかる。

「でも、折（お）れちゃってるみたい」

　落石（らくせき）に潰（つぶ）されたのだろう、半（なか）ばから折（お）れた矢筒（やづつ）を拾（ひろ）った。中の矢（や）も、折れていた。

　……いや、一本だけ、無事（ぶじ）な矢がある。

　スピニースの手が、一本だけ無事な矢を摘（つ）まみ、矢筒（やづつ）から引き抜（ぬ）く。

「この一矢（いっし）があれば、ロック鳥（やつ）を地（ち）に落（お）とすくらいはできる」

　スピニースの手にある矢（や）を見る。鏃（やじり）に、装飾品（そうしょくひん）みたいな彫刻（ちょうこく）がされている。羽根（はね）は、見たことのない模様（もよう）をしている。

　弓（ゆみ）は、ギルドでも見た。フォートレスの身長（しんちょう）よりも長（なが）い。植物（しょくぶつ）の蔓（つる）を模（も）した装飾（そうしょく）つきだ。

「となると」

　夜空（よぞら）を見あげる。ロック鳥（ちょう）が上空（じょうくう）を旋回（せんかい）する。星（ほし）の瞬（またた）きと羽（は）ばたく音（おと）で分かる。

　最初（さいしょ）の羽（は）ばたきで飛（と）びたったようだ。鳥目（とりめ）でも、障害物（しょうがいぶつ）のない空（そら）を旋回（せんかい）し続（つづ）けるくらいは訳（わけ）ないらしい。

　鳥目（とりめ）だから、今（いま）はこっちの居場所（いばしょ）は見えていない。明（あか）るくなれば、即座（そくざ）に襲（おそ）いかかってくるだろう。

「スピニース殿（どの）の心意気（こころいき）には感服（かんぷく）いたした。ワシも魔物（まもの）どもから人々を守る魔物ハンターだ。この矜持（きょうじ）に懸（か）けて、オヌシの盾（たて）となろう」

　フォートレスが、タワーシールドを高（たか）く掲（かか）げて、継戦（けいせん）に賛同（さんどう）した。

「アタシは、最初（さいしょ）から、そのつもりでしたぁ。全力（ぜんりょく）で協力（きょうりょく）させてもらいまぁす」

　アタシは、かわいい声（こえ）と口調（くちょう）で愛嬌（あいきょう）を振（ふ）り撒（ま）いた。

　フォートレスが爆笑（ばくしょう）するが、無視（むし）する。

「おら、皆（みな）さん、従（したが）う。でも、嫌々（いやいや）、違（ちが）う。人たち守る、気持（きも）ち、同（おな）じ」

　ロニモーも、大胸筋（だいきょうきん）を拳（こぶし）で叩（たた）いて、賛成（さんせい）した。

　全会一致（ぜんかいいっち）で、ロック鳥（ちょう）討伐（とうばつ）の続行（ぞっこう）が決（き）まった。

　不意討（ふいう）ちに失敗（しっぱい）している。フォートレス以外（いがい）は負傷（ふしょう）している。矢（や）は一本しかない。

　状況（じょうきょう）は悪（わる）い。かなり悪い。失敗（しっぱい）を甘受（かんじゅ）して、撤退（てったい）して然（しか）るべきである。

　でも、主力（しゅりょく）のスピニースができると言（い）うなら、ランクＳハンターが勝算（しょうさん）があるとするなら、華奢（きゃしゃ）なイケメンの好感度（こうかんど）をあげるためなら、信（しん）じる。魔物（まもの）ハンターとして、人々を守るために、戦（たたか）う。

「で、アタシたちは、何をすればいいんですかぁ、スピニースさぁん？」

　アタシは、かわいい声（こえ）と口調（くちょう）で聞（き）いた。

帝国（ていこく）に征服（せいふく）されて魔物（まもの）が蔓延（はびこ）る国（くに）で女だてらに魔物ハンターやってます

第10話　ハンターのプライド／ＥＮＤ