帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます

第9話 岩山を登る

　この国（くに）は数年前（すうねんまえ）まで、王国（おうこく）の統治下（とうちか）で安寧（あんねい）と平和（へいわ）を享受（きょうじゅ）していた。

　帝国（ていこく）軍（ぐん）の侵攻（しんこう）で、それは脆（もろ）くも崩（くず）れ去（さ）った。

　帝国は魔王（まおう）を復活（ふっかつ）させ、魔王配下（はいか）の魔物（まもの）の力を借（か）り、圧倒的（あっとうてき）な強（つよ）さで王国を征服（せいふく）した。国には魔物が溢（あふ）れ、秩序（ちつじょ）は失（うしな）われてしまった。

　魔物が見境（みさかい）なく人間（にんげん）を襲（おそ）い、人間は砦（とりで）みたいな町を造（つく）って身（み）を守る、無法（むほう）の世界（せかい）がここにはある。

　　　◇

　日（ひ）が落（お）ちて、暗（くら）くなった。

　アタシとフォートレスとロニモーとスピニースの四人パーティで、ロック鳥（ちょう）退治（たいじ）に来（き）ている。

　ロック鳥（ちょう）は、大きな鳥型（とりがた）の魔物（まもの）で、かなり強（つよ）い。しかも、空（そら）を飛（と）び小砦（しょうとりで）の壁（かべ）を越（こ）え、直接的（ちょくせつてき）な被害（ひがい）を齎（もたら）す。一日でも早く退治（たいじ）しなければならない、危険（きけん）な魔物である。

　対（たい）するこっちは、可憐（かれん）なピンク髪（がみ）美少女（びしょうじょ）大斧（おおおの）戦士（せんし）、フルプレートメイルの大男、遊牧民（ゆうぼくみん）の青年（せいねん）新人（しんじん）ハンター、緑髪（みどりがみ）の華奢（きゃしゃ）なイケメンエルフ弓使（ゆみつか）い、の四人だ。アタシの名前（なまえ）はユウカで二つ名が『ピンクハリケーン』、『フォートレス』の本名（ほんみょう）は知（し）らない、ロニモーはまだ二つ名がなくて、スピニースの二つ名は『天（てん）を貫（つらぬ）く矢（や）』だ。

　二つ名が轟（とどろ）くほど、本名（ほんみょう）を名乗（なの）る機会（きかい）が減（へ）る。ちょっとモヤモヤする。

「暗（くら）いわね」

　暗い岩山（いわやま）を見あげる。月明（つきあ）かりも弱（よわ）く、岩山のシルエットくらいしか見えない。

「ランタンの明（あ）かり一つで岩山（いわやま）登（のぼ）りだ。落（お）ちないように気（き）をつけろよ」

　フォートレスが、火を灯（とも）したランタンを持（も）ち、先頭（せんとう）に立つ。ロニモー、スピニース、最後尾（さいこうび）のアタシの順（じゅん）に続（つづ）く。

　足元（あしもと）は、大きな岩（いわ）だらけである。岩と岩の繋（つな）ぎに土が入（はい）った、薄（うす）茶色（ちゃいろ）の硬（かた）い斜面（しゃめん）が、ずっとずっと上へと向（む）かって広（ひろ）がる。

　風（かぜ）が吹（ふ）く。風が強（つよ）い。一瞬（いっしゅん）たりとも弱（よわ）まることなく、強い風が吹き続（つづ）ける。

　風が強いせいだろうか、地面（じめん）が硬（かた）いのだろうか、木が生（は）えていない。僅（わず）かに草（くさ）が生（は）え、強風（きょうふう）に煽（あお）られながら、必死（ひっし）に土にしがみつく。他（ほか）には、登（のぼ）れど登れど、岩と土しかない。

「こんな、風（かぜ）強（つよ）い。矢（や）、撃（う）てるか？　真（ま）っ直（す）ぐ、飛（と）ぶか？」

　ロニモーが、尤（もっと）もな疑問（ぎもん）を呈（てい）した。全身（ぜんしん）を飾（かざ）る羽飾（はねかざ）りも、革（かわ）ジャケットも、強風（きょうふう）にバタバタと大暴（おおあば）れだ。

「ふっ。問題（もんだい）ない。風（かぜ）は、俺（おれ）の親友（とも）だ」

　スピニースが、長（なが）い緑髪（みどりがみ）を風（かぜ）に靡（なび）かせながら、自信（じしん）に満（み）ちた微笑（びしょう）を浮（う）かべた。

　風が強（つよ）い。まともに立っていられないくらいに強い。前傾（ぜんけい）気味（ぎみ）に体を低（ひく）くして、小刻（こきざ）みな歩（あゆ）みで登（のぼ）る。

　ロニモーが不安（ふあん）になる気持（きも）ちは、分（わ）からなくもない。

　ロニモー含（ふく）めて三人とも、スピニースの力量（りきりょう）を知（し）らない。風（かぜ）が猛烈（もうれつ）すぎて、いかに凄腕（すごうで）の弓使（ゆみつか）いだろうと、まともに矢（や）を飛（と）ばせそうにない。そもそも、人間（にんげん）が使（つか）うサイズの弓矢（ゆみや）で、巨大（きょだい）なロック鳥（ちょう）を倒（たお）すシーンが想像（そうぞう）できない。

「ロニモー殿（どの）がそう考（かんが）えるのも、道理（どうり）であろう。ワシらは、スピニース殿を、ハンターギルドのランク、つまり実績（じっせき）でしか知（し）らぬ。実力（じつりょく）を知らぬ」

　三人とも、スピニースに注目（ちゅうもく）した。

「ふっ。ランクは、Ｓだぜ」

　スピニースが、長（なが）い緑髪（みどりがみ）を風（かぜ）に靡（なび）かせながら、自信（じしん）に満（み）ちた微笑（びしょう）で答（こた）えた。

　たぶん資料（しりょう）に書（か）いてあっただろうけど、知（し）らなかった。華奢（きゃしゃ）なイケメンエルフという情報（じょうほう）の認識（にんしき）でいっぱいいっぱいだった。ロック鳥（ちょう）討伐（とうばつ）の主力（しゅりょく）だからランクＳハンターだろう、と漠然（ばくぜん）と思（おも）っていた。

「と言（い）っても、実績（じっせき）の大半（たいはん）はヘブンズソードのパーティで積（つ）んだものさ。俺（おれ）自身（じしん）の実績（じっせき）なんて高（たか）が知（し）れてる。だが、俺がトップクラスの弓手（ゆみて）ってのは、間違（まちが）いないぜ」

「アタシと同（おな）じですね！　アタシも、親父（おやじ）と一緒（いっしょ）にハンターしてるときに、ランクＳになりました！　親近感（しんきんかん）湧（わ）いちゃいますね！」

　アタシは、かわいい声（こえ）と口調（くちょう）を作（つく）った。

　フォートレスが爆笑（ばくしょう）するが、無視（むし）する。

「ハンターギルドは、ハンターを実績（じっせき）のみで評価（ひょうか）する。実力（じつりょく）はあっても実績（じっせき）のないロニモー殿（どの）は、まだランクＢだ。逆（ぎゃく）に、実力は分（わ）からずとも、ランクが分かれば実績（じっせき）の推測（すいそく）ができる」

「ランクが高（たか）いってことは、実績（じっせき）が多（おお）いってことだからね。実績（じっせき）が多いなら実戦（じっせん）経験（けいけん）も多くて、色（いろ）んな状況（じょうきょう）で色んな対処（たいしょ）を知（し）ってるわ。だったら、今（いま）の状況で自分に何ができるのかも知ってる、ってこと」

「ゆえに、スピニース殿（どの）が問題（もんだい）ないと断言（だんげん）するなら、ワシらはスピニース殿を信用（しんよう）する。ランクとは、ハンターギルドが結果（けっか）のみから評価（ひょうか）したハンターの表層（ひょうそう）であり、ハンターとしての経験値（けいけんち）を内包（ないほう）する情報（じょうほう）でもあるのだ」

「なるほど。説得力（せっとくりょく）、ある。実力（じつりょく）、疑（うたが）って、悪（わる）かった」

　アタシとフォートレスの説明（せつめい）に納得（なっとく）して、ロニモーがスピニースに頭（あたま）をさげた。

「ふっ。気（き）にするな」

　スピニースが、長（なが）い緑髪（みどりがみ）を風（かぜ）に靡（なび）かせながら、自信（じしん）に満（み）ちた微笑（びしょう）で答（こた）えた。

　　　◇

　岩山（いわやま）を、だいぶ登（のぼ）った。頂上（ちょうじょう）も近（ちか）いはずだ。

　いよいよもって風（かぜ）が強（つよ）い。姿勢（しせい）を低（ひく）く、岩（いわ）だらけの地面（じめん）を踏（ふ）みしめ、少（すこ）しずつ登る。

　長（なが）い髪（かみ）がバタバタと暴（あば）れる。服（ふく）の袖（そで）や裾（すそ）が激（はげ）しく波打（なみう）つ。風圧（ふうあつ）に体が飛（と）びそうになる。

　比較的（ひかくてき）人間的（にんげんてき）なロニモーは、バランスを崩（くず）し、岩に手をかけ、踏（ふ）みとどまるを繰（く）り返（かえ）す。息（いき）も乱（みだ）れて、苦（くる）しそうに見える。

「もうすぐ着（つ）くはずだ。周囲（しゅうい）に気（き）を配（くば）れ」

　フォートレスが、重低音（じゅうていおん）で告（つ）げた。

　アタシも、二人も、ハンドサインで了解（りょうかい）する。

　万が一にもロック鳥（ちょう）に見つからないように、会話（かいわ）は必要（ひつよう）最小限（さいしょうげん）にとどめる。ゴーゴーと風音（かざおと）がうるさい。よほどの大声（おおごえ）でないと、ロック鳥にもパーティメンバーにも聞（き）こえない気がする。

　フォートレスは慎重派（しんちょうは）だ。盤石（ばんじゃく）の準備（じゅんび）を整（ととの）え、万全（ばんぜん）を期（き）すタイプだ。装備（そうび）が巨躯（きょく）の全身（ぜんしん）を覆（おお）うフルプレートメイルと、巨躯（きょく）の全身が隠（かく）れる大きさのタワーシールドの時点（じてん）で、確実（かくじつ）に慎重派（しんちょうは）だ。

　行（い）き当（あ）たりばったりのアタシとは正反対（せいはんたい）だ。一緒（いっしょ）に行動（こうどう）すると、頼（たよ）れる反面（はんめん）、口煩（くちうるさ）い親（おや）っぽくて苦手（にがて）だ。

「よし、着（つ）いたぞ。各自（かくじ）、戦闘（せんとう）準備（じゅんび）を頼（たの）む」

　フォートレスが足をとめた。ランタンを持（も）っていない方（ほう）のガントレットで、後続（こうぞく）を制止（せいし）した。

　暗（くら）い岩山（いわやま）のシルエットの、地面（じめん）の途切（とぎ）れが見える。途切れの先端（せんたん）に、ゴツゴツとした岩（いわ）ではない、曲線的（きょくせんてき）な、巨大（きょだい）な何かがある。いや、いる。

　距離（きょり）は、アタシが駆（か）けあがって三十秒（びょう）くらいか。臨戦（りんせん）態勢（たいせい）でゆっくり登（のぼ）るなら、フォートレスもいるし、数分（すうふん）かかる。

　大きな岩の陰（かげ）に屈（かが）む。不要（ふよう）な荷物（にもつ）を窪（くぼ）みに押（お）し込（こ）む。背負（せお）う大斧（おおおの）をベルトから外（はず）し、両手（りょうて）で柄（え）を握（にぎ）る。

　頂上（ちょうじょう）へと続（つづ）く斜面（しゃめん）は、大岩（おおいわ）が乱雑（らんざつ）に積（つ）みあがって、不安定（ふあんてい）そうに見える。フォートレスは登（のぼ）れるところまで、スピニースは弓矢（ゆみや）でロック鳥（ちょう）を仕留（しと）められる距離（きょり）まで、アタシ一人がロック鳥の巣（す）まで登ればいいか、と算段（さんだん）をつける。ロニモーがスピニースを護衛（ごえい）できれば、今回（こんかい）の討伐（とうばつ）には事足（ことた）りる。

「では、行くぞ」

　フォートレスが、前方（ぜんぽう）の斜面（しゃめん）に、タワーシールドを突（つ）き立てた。光が前（まえ）から見えないように、ランタンを盾（たて）の手前（てまえ）に構（かま）えた。自身（じしん）の巨躯（きょく）を引き摺（ず）るように、盾を押（お）しあげるように、摺（す）り足（あし）で前進（ぜんしん）を始（はじ）めた。

「ゲコゲコォッ！」

　蛙（かえる）の鳴（な）き声（ごえ）が聞（き）こえた。ゴーゴーと吹（ふ）き荒（すさ）ぶ風音（かざおと）に負（ま）けないほどの、大声（おおごえ）だった。

『ゲコォッ！』

　岩陰（いわかげ）から、人間の大人（おとな）の半分（はんぶん）ほどのサイズの蛙（かえる）が、何体も飛（と）び出（だ）す。勢（いきお）いのまま、こっちに突（つ）っ込（こ）んでくる。

　ランタンの明（あ）かりに、土色のイボだらけの体表（たいひょう）が照（て）らされた。岩場（いわば）に棲息（せいそく）する夜行性（やこうせい）の、蛙（かえる）を単純（たんじゅん）に大きくした外見（がいけん）の、伸縮性（しんしゅくせい）の高（たか）い舌（した）で獲物（えもの）を絡（から）め取（と）る、ロックフロッグと呼（よ）ばれる魔物（まもの）だ。

「後（うし）ろと左（ひだり）やる！」

　アタシは言（い）って、大斧（おおおの）を左へと振（ふ）る。腕力（わんりょく）で後方（こうほう）にまで振り抜（ぬ）く。

「ゲココォッ！」

　蛙（かえる）っぽい断末魔（だんまつま）で、刃（やいば）に当（あ）たったロックフロッグが宝石（ほうせき）に変（か）わった。

　前方（ぜんぽう）は、フォートレスが防（ふせ）ぐ。右は、ロニモーの金棒（かなぼう）が弾（はじ）き返（かえ）す。

　ロックフロッグごときはザコだ。何（なん）ら問題（もんだい）ない。

　強（つよ）い風（かぜ）もなんのその、全身（ぜんしん）で大斧（おおおの）を振（ふ）りまわす。ピンクハリケーンの面目躍如（めんもくやくじょ）である。

　次（つぎ）から次へと、ロックフロッグが宝石（ほうせき）に変（か）わる。問題（もんだい）はコイツらじゃない。別（べつ）の問題（もんだい）がある。

「ブオオオオオォォォォォーーーーー！！！！！」

　低（ひく）く重（おも）い鳴（な）き声（ごえ）が響（ひび）いた。風（かぜ）を蹴散（けち）らし、岩（いわ）をも震（ふる）わせた。

　背筋（せすじ）が凍（こお）りつく。蒼褪（あおざ）め、岩山（いわやま）の頂（いただき）の方（ほう）を見あげる。

　続（つづ）いて、巨大（きょだい）な羽（は）ばたきが鳴（な）り、風が吹（ふ）き荒（あ）れた。ガンゴンと、岩（いわ）同士（どうし）がぶつかった。

「ヤバい！　落石（らくせき）！　みんな、地面（じめん）の窪（くぼ）みに体を潜（もぐ）り込（こ）ませて！」

　アタシは叫（さけ）んだ。状況（じょうきょう）は、絶望的（ぜつぼうてき）だった。

帝国（ていこく）に征服（せいふく）されて魔物（まもの）が蔓延（はびこ）る国（くに）で女だてらに魔物ハンターやってます

第9話　岩山（いわやま）を登（のぼ）る／ＥＮＤ