帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます

第8話 適材適所

　この国（くに）は数年前（すうねんまえ）まで、王国（おうこく）の統治下（とうちか）で安寧（あんねい）と平和（へいわ）を享受（きょうじゅ）していた。

　帝国（ていこく）軍（ぐん）の侵攻（しんこう）で、それは脆（もろ）くも崩（くず）れ去（さ）った。

　帝国は魔王（まおう）を復活（ふっかつ）させ、魔王配下（はいか）の魔物（まもの）の力を借（か）り、圧倒的（あっとうてき）な強（つよ）さで王国を征服（せいふく）した。国には魔物が溢（あふ）れ、秩序（ちつじょ）は失（うしな）われてしまった。

　魔物が見境（みさかい）なく人間（にんげん）を襲（おそ）い、人間は砦（とりで）みたいな町を造（つく）って身（み）を守る、無法（むほう）の世界（せかい）がここにはある。

　　　◇

　武装（ぶそう）した馬車（ばしゃ）が、林に面（めん）した街道（かいどう）を進（すす）む。硬（かた）い蹄鉄（ていてつ）が、石畳（いしだたみ）を軽快（けいかい）に打（う）つ。

　街道（かいどう）の先（さき）に、見あげる高（たか）さの岩山（いわやま）が見えてくる。馬（うま）の脚（あし）が徐々（じょじょ）に減速（げんそく）し、街道の途中（とちゅう）で停止（ていし）する。

「馬車（ばしゃ）は、ここまでだ。ここからは歩（ある）くぞ」

　御者（ぎょしゃ）のフォートレスが重低音（じゅうていおん）で、箱（はこ）馬車の中へと声（こえ）をかけてきた。

「助（たす）かるわ。座（すわ）ってるだけだと疲（つか）れるし、お尻（しり）が痛（いた）いったら」

「おら、頑張（がんば）る。でも、緊張（きんちょう）する」

「ふっ」

　アタシと、ロニモーと、スピニースも馬車（ばしゃ）を降（お）りた。フォートレスと合わせて四人が、今回（こんかい）のロック鳥（ちょう）退治（たいじ）の即席（そくせき）パーティだ。

　アタシはユウカ。まだ十六歳（さい）の可憐（かれん）な少女の身（み）でありながら、ハンターギルドに所属（しょぞく）し、魔物（まもの）の討伐（とうばつ）を生業（なりわい）とする。

　武器（ぶき）は、両刃（りょうば）の大斧（おおおの）を愛用（あいよう）する。防具（ぼうぐ）は、急所（きゅうしょ）と関節（かんせつ）を金属鎧（きんぞくよろい）で守る、白銀（はくぎん）のハーフプレートである。

　女にしては背（せ）が高く、女にしては筋肉質（きんにくしつ）で、パワータイプの近接（きんせつ）戦士（せんし）である。胸（むね）はない。ピンク色（いろ）の長髪（ちょうはつ）で大斧（おおおの）を振（ふ）りまわす戦（たたか）い方（かた）から、『ピンクハリケーン』の二つ名で呼（よ）ばれる。

　フォートレスが、馬（うま）を近（ちか）くの木に繋（つな）ぐ。

　フォートレスは、フルプレートメイルで完全（かんぜん）防備（ぼうび）の、身長（しんちょう）二メートルはあるマッチョの巨躯（きょく）の大男（おおおとこ）だ。ランクＳハンターだ。

「出発（しゅっぱつ）前（まえ）に腹（はら）ごしらえとしよう。ロック鳥（ちょう）討伐（とうばつ）の作戦（さくせん）も説明（せつめい）しておくぞ」

　巨躯（きょく）のマッチョでありながら、フォートレスは面倒見（めんどうみ）が良（い）いし、リーダーっぽい。頭脳（ずのう）明晰（めいせき）よりは、魔物（まもの）ハンターとしての経験（けいけん）が豊富（ほうふ）なのである。そこがアタシの親父（おやじ）に似（に）ている。

「おら、薪（まき）、集（あつ）める」

「一人は危（あぶ）ないから、アタシも行くわ。スピニースさんは、火起（ひお）こしをお願（ねが）いしますぅ」

「ふっ。任（まか）せろ」

　スピニースに愛嬌（あいきょう）を振（ふ）り撒（ま）いてから、ロニモーと一緒（いっしょ）に林に入（はい）った。林の中は、鳥（とり）や獣（けもの）の声（こえ）も、魔物（まもの）の呻（うな）りも聞（き）こえず、とても静（しず）かだった。

　　　◇

「おい、ピンクハリケーン。ジャガイモの皮（かわ）を剥（む）いて薄（うす）くスライスしろ。薄（うす）い方（ほう）が火の通（とお）りが早い」

　フォートレスからジャガイモを渡（わた）された。

　四人で焚火（たきび）を囲（かこ）み座（すわ）る。まだ晴天（せいてん）の昼（ひる）で明（あか）るい。

　林の中は、鳥（とり）も獣（けもの）も魔物（まもの）もいなかった。強（つよ）い魔物の縄張（なわば）りで、他（ほか）の動物（どうぶつ）や魔物が身（み）を潜（ひそ）めるのは、よくあることだ。

　ロニモーは、遊牧（ゆうぼく）民族（みんぞく）だけあって、野外（やがい）での行動（こうどう）が手慣（てな）れていた。日焼（ひや）けした全身（ぜんしん）も、白（しろ）い羽飾（はねかざ）りも、筋肉（きんにく）半裸（はんら）も、革（かわ）ジャケット革（かわ）パンも、伊達（だて）ではないようだ。

「鳥（とり）の干（ほ）し肉（にく）と野菜（やさい）のスープでいいな？　夕刻（ゆうこく）には作戦（さくせん）開始（かいし）だから、食（く）いすぎるなよ」

　アタシは、手際（てぎわ）よく干（ほ）し肉（にく）を裂（さ）き分けるフォートレスと、我（わ）が手にあるジャガイモを見比（みくら）べる。ジャガイモを親指（おやゆび）と人差（ひとさ）し指で摘（つ）まみ、ちょっと力を入（い）れて、割（わ）り砕（くだ）く。

「おい、ピンクハリケーン。せめて皮（かわ）を剥（む）け」

「アタシ、小さな刃物（はもの）を扱（あつか）うのって、苦手（にがて）なのよね」

「おら、皮剥（む）く。細（こま）かい作業（さぎょう）、得意（とくい）」

　ロニモーがジャガイモを引き受（う）けた。アタシと同（おな）じか少（すこ）し年上くらいなのに、気が利（き）いて見所（みどころ）のある青年（せいねん）だ。

　鉄鍋（てつなべ）に水と干（ほ）し肉（にく）と野菜（やさい）を入（い）れて火にかける。フォートレスとパーティを組（く）むと、食（しょく）が豊（ゆた）かになるのは悪（わる）くない。アタシ一人だと、食事（しょくじ）なんて干し肉を齧（かじ）って終（お）わる。

「煮（に）えるまで、今回（こんかい）の作戦（さくせん）を説明（せつめい）しておこう」

　フォートレスが、真面目（まじめ）な重低音（じゅうていおん）で話（はな）し始（はじ）める。

「討伐（とうばつ）目標（もくひょう）のロック鳥（ちょう）の巣（す）は、あそこに見える岩山（いわやま）の頂上（ちょうじょう）にある。ワシらは、日（ひ）が傾（かたむ）いてから、林の中を岩山の麓（ふもと）まで近（ちか）づく。日が落（お）ちたら岩山を登（のぼ）って、巣で休むロック鳥（ちょう）に仕掛（しか）ける」

「ロック鳥（ちょう）の最大（さいだい）の弱点（じゃくてん）、鳥目（とりめ）で暗（くら）いと見えない、を突（つ）く作戦（さくせん）ね」

　アタシは、ドヤ顔（がお）で合（あ）いの手を入（い）れた。

　冗談（じょうだん）みたいな弱点（じゃくてん）だが、かなり強（つよ）い魔物（まもの）のロック鳥（ちょう）も、鳥（とり）だ。一般的（いっぱんてき）な鳥と同（おな）じく、夜目（よめ）が利（き）かない。暗（くら）いとほとんど見えないし、夜間（やかん）は巣（す）にとどまる。

　当然（とうぜん）ながら、こっちも夜間（やかん）は暗（くら）くて戦（たたか）いにくい。しかし、明（あか）るい昼間（ひるま）に戦（たたか）うと、上空（じょうくう）から一方的（いっぽうてき）に攻撃（こうげき）されたり、高（こう）高度（こうど）を悠々（ゆうゆう）と逃（に）げられるリスクがある。ロック鳥（ちょう）を仕留（しと）めるなら、夜間（やかん）戦闘（せんとう）一択（いったく）となる。

「攻撃（こうげき）は、スピニース殿（どの）にお任（まか）せする。岩山（いわやま）の上は風（かぜ）があるだろうが、問題（もんだい）ないか？」

「ふっ。問題（もんだい）ない。風（かぜ）は、俺（おれ）の親友（とも）だ」

　スピニースが、自信（じしん）に満（み）ちた微笑（びしょう）を浮（う）かべた。

　スピニースは、緑（みどり）色の長（なが）い髪（かみ）で、右目は前髪（まえがみ）に隠（かく）れた、男エルフだ。長身（ちょうしん）で華奢（きゃしゃ）な肢体（したい）をタイトな服（ふく）が包（つつ）み、黒（くろ）い革鎧（かわよろい）で急所（きゅうしょ）だけを守る、軽装備（けいそうび）アーチャーだ。アタシの好（この）みのド真（ま）ん中（なか）だ。

「頼（たよ）りにしてますぅ！　スピニースさぁん！」

　アタシは興奮（こうふん）気味（ぎみ）に声援（せいえん）を送（おく）った。

「ふっ」

　スピニースが、自信（じしん）に満（み）ちた微笑（びしょう）で応（こた）えた。

　湯気（ゆげ）のあがる鉄鍋（てつなべ）をロニモーが掻（か）き混（ま）ぜる。

「スピニース、攻撃（こうげき）。フォートレス、ピンクハリケーン、防御（ぼうぎょ）。おら、何すればいい？」

「ロニモー殿（どの）は、周囲（しゅうい）の警戒（けいかい）と、不測（ふそく）の事態（じたい）への対処（たいしょ）だ。ワシがメイン防御（ぼうぎょ）、ピンクハリケーンはどうせ好（す）き勝手（かって）に動（うご）く」

「分かった。役（やく）に立てるよう、頑張（がんば）る」

　仕上（しあ）げに、塩（しお）で味（あじ）を調（ととの）える。深（ふか）い木の皿（さら）に注（つ）ぎ分け、木のスプーンを添（そ）えて、各人（かくじん）に配（くば）る。

「いっただっきまーす！」

「森の恵（めぐ）みに感謝（かんしゃ）する。精霊（せいれい）の加護（かご）の」

「戦（たたか）いの神（かみ）よ我（われ）らの進（すす）む道（みち）に」

「偉大（いだい）なる先祖（せんぞ）の見守（みまも）る大地（だいち）に」

　各々（おのおの）が食事（しょくじ）の前（まえ）の祈（いの）りを捧（ささ）げる。約（やく）一名だけガサツな気がしても、気にしない。

「おいしい！　ロニモーって料理（りょうり）上手（じょうず）ね」

「おいしい、嬉（うれ）しい。おら、料理（りょうり）、得意（とくい）」

　スプーンで食（た）べるスープが美味（おい）しい。風味（ふうみ）が豊（ゆた）かで、食感（しょっかん）が様々（さまざま）で、温（あたた）かい。素手（すで）で掴（つか）んだ干（ほ）し肉（にく）を齧（かじ）るだけより、格段（かくだん）に美味（おい）しい。

「さて、夜間（やかん）戦闘（せんとう）の段取（だんど）りを説明（せつめい）するぞ。食（た）べながらでいい。聞（き）いてくれ」

　フォートレスが、皿（さら）を手に持（も）ったまま、重低音（じゅうていおん）で始（はじ）める。フルプレートメイルの大男の手にあると、同（おな）じ皿でも小さく見える。

「日（ひ）が落（お）ちる前（まえ）に、ロック鳥（ちょう）の巣（す）を偵察（ていさつ）する。できれば、休（やす）むロック鳥の向（む）きを確認（かくにん）して、その背後（はいご）を登（のぼ）りたい」

「偵察（ていさつ）は、俺（おれ）がやろう。黄昏時（たそがれどき）も森林も、俺の領域（ゾーン）だ」

　エルフのスピニースが、自信満々（じしんまんまん）に申（もう）し出（で）た。エルフは、自然（しぜん）主義（しゅぎ）で森の中に住（す）み、耳（みみ）が長（なが）く尖（とが）った、華奢（きゃしゃ）で美男美女（びなんびじょ）だらけの亜人種（あじんしゅ）だ。

「偵察（ていさつ）はスピニース殿（どの）にお任（まか）せしよう。日（ひ）が落（お）ちたら四人揃（そろ）って、光量（こうりょう）の少（すく）ないランタン一つを光源（こうげん）として、岩山（いわやま）を登（のぼ）る。ランタンはワシが持（も）とう」

　フォートレスの手が、ガラス面（めん）のくすんだランタンを持（も）ち示（しめ）す。

「ふぉの明（あ）かりで、ロックほょうが狙（ねら）えふの？　暗（くら）くふぁい？　見えほぁくない？」

　アタシは、純粋（じゅんすい）な疑問（ぎもん）を口に出（だ）した。

「口いっぱいに食（く）いながら喋（しゃべ）るな。射撃時（しゃげきじ）には、魔法（まほう）の照明弾（しょうめいだん）を使（つか）う。消耗品（しょうもうひん）で持続（じぞく）時間（じかん）は短（みじか）いが、広範囲（こうはんい）を明（あか）るく照（て）らす高額（こうがく）マジックアイテムだぞ」

　粘土（ねんど）のボールに木の棒（ぼう）の持（も）ち手がついた榴弾（りゅうだん）が差（さ）し出（だ）される。

「こいつは、オヌシが投（な）げろ。ロック鳥（ちょう）の方向（ほうこう）に、なるべく高（たか）く、だ」

「ふぁふぁった」

　アタシは、榴弾（りゅうだん）を受（う）け取（と）った。

　フォートレスとは、何度（なんど）か共（とも）に魔物（まもの）退治（たいじ）をしたことがある。お互（たが）いに力量（りきりょう）を知（し）るから、お互いを頼（たよ）りにできる。

「よし。食事（しょくじ）が終（お）わったら、すぐに動（うご）くとしよう。今回（こんかい）の討伐（とうばつ）で、ロック鳥（ちょう）を確実（かくじつ）に退治（たいじ）せんとな」

　フォートレスが豪快（ごうかい）に笑（わら）った。

　アタシは、フルフェイスヘルムの下の、フォートレスの顔（かお）を見たことがない。

帝国（ていこく）に征服（せいふく）されて魔物（まもの）が蔓延（はびこ）る国（くに）で女だてらに魔物ハンターやってます

第8話　適材（てきざい）適所（てきしょ）／ＥＮＤ