彼女は激怒した。
御厨カイト
彼女は激怒した。
「……何かこの映画、ストーリーが凄く薄っぺらいな」
「うーん、大学の友達がおススメしてきたから借りてきたんだけど、ちょっと残念」
「まぁ、まだ半分ぐらいだし、もしかしたらこれからどんでん返しとかあるかもしれないからもう少し見て見ようか」
「休日で時間はあるし、折角借りてきたからね」
とある休日の昼間。
俺と同棲している彼女の遥は一緒に借りてきた映画を見ていた。
ソファに座って、のんびりと。
お互いジャージ姿で。
どうやら遥が友達から薦められて借りてきた映画らしいのだが、正直面白くない。
ストーリーも薄っぺらく、出てくるキャラも薄い。
それには遥も同感らしく、まだ半分しか見て無いというのにお互い飽きてきてしまった。
「でも、やっぱり出てくる女優さんは美人さんだね。あまり邦画とか見ないからアレだけど」
「女優さんなんだから、そりゃそうでしょ」
「いや、まぁ、そうなんだけどね。おっ、この人とかホント綺麗」
「……どれ?」
「ほらっ、今ドアから出てきたあの人」
俺はテレビに映った女優さんに対して指を指す。
その指さした先を遥はキッと見つめるが、少ししてフフッと顔を綻ばせた。
「ホント君って好みのタイプが分かりやすいよね。私みたいに黒髪のロングヘアで目がくりっとしてる人が好きなんだ」
どうやら自分と同じような見た目だったから嬉しかったようだ。
心なしか腕を組んでくる彼女の力が少し強くなった気がする。
……そんな彼女の様子を見た僕の中にヒョコッと悪戯心が湧いてきた。
ここで彼女の見た目と全く違う女優さんを指差したらどうなるだろうか。
……まぁ、多分ちょっと嫉妬をするだけで終わるだろう。
それか少し怒られるかな。
滅多にそんな姿も見れないし、良い機会かも。
そんな事を心の中でニヤニヤと考えながら、俺は行動に移す。
「あー、でも、あの人とかも結構良いと思うな」
「えっ?」
さっきと同じように俺はテレビに向かって指を指す。
指した先の女優の見た目は茶髪のショートでつり目と彼女とは全く違う見た目。
なんなら正反対。
さぁ、遥は一体どんな反応をするだろうか。
俺のさっきの動きに釣られ、再びテレビの方を向いた彼女の反応を待つ。
すると、彼女は画面を見て一瞬固まったのち、ゆっくりこちら側を向いてくる。
ここでにこやかとした表情だったから油断した。
「……はっ?」
一気に俺を睨みつけ、重く冷たく短い一言を俺に刺してくる。
その一言で我が家に局地的な寒波が到来したかと思うほど部屋の中が一気に凍った。
……おっと、これは予想以上にマズいかもしれない。
そんな後悔が脳裏をよぎる。
後悔している時点でもう遅いのだが。
「君が好きなのは私でしょ?何?私を試してるの?」
「い、いやいや、別にそういう訳じゃなくて。こ、これはその、ただの冗談だから」
「冗談?ふーん……笑えないんだけど」
「ご、ごめん」
怒り(ガチギレ)の圧を向けてくる彼女に俺は謝ることしか出来ない。
おい誰だよ、普段見れない表情が見れるから良い機会だって思った奴。
これで嫉妬や少し怒られるぐらいだと考えていたのがいかに希望的観測だったのかが分かるな。
普段見れない表情は確かに見れたけど。
脳内反省会をしている間にも腕を組んでる彼女の力もさっきのとは比にならないぐらい強くなってて、正直めちゃくちゃ痛い。
「あの……遥、マジでごめん。どんな反応をするのか本当に軽い冗談のつもりだったんだ」
「……冗談ってね、言われた本人が笑えて初めて成立するんだよ?」
「それは……本当にごめん、ごめんなさい」
「……それで、さっき指差した女優さんは君のタイプなの?」
「えっ、あ、いや、全然全く微塵もそんな事無いよ。俺が好きなのは遥、遥だけだから」
「そう、なら良いけど」
少し機嫌が直ったのか、腕の力を緩めてくれた彼女に俺はホッと胸を撫で下ろす。
だが、そんな安心も束の間、
「でも、そういう冗談をつくという事はまだ私の魅力について十分に理解していないという事だよね」
「えっ?」
彼女はガッと俺をソファへと押し倒した。
え、どこからそんな力を出したの?
「えっと……は、遥さん?」
「君にはもっと私の魅力について知ってもらわなくちゃね」
そう言いながら彼女はニコッと微笑むが、その目の奥は全くもって笑っていない。
あっ、これはちょっと俺死んだかもしれないな。
彼女は激怒した。 御厨カイト @mikuriya777
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