第51話 消えない犠牲者

「――アタシを向こうの世界へ戻せ。トンマが……、アタシが知るトンマが、まだ向こうにいるんだろ? ……だったらアタシもそっちにいく」


 敵意剥き出しの瞳で詰め寄ってきたのは、ハッピーだ……、まあ、分かっていたことだ。

 一旦、食人鬼の世界へ送り込んでいるのは、ハッピーと親しかった、俺の分身である。

 もしも送った分身がもう一人の方だった場合、モナンがこうして詰め寄ってきただろうから、想定内と言えた。


「悪いけど、それはできない……したらダメだろ、それは――」

「なんでだよ」


「お前がよく知る『トンマ』が、喜ぶと思うか? あいつは……それに、俺だって、全員を救うために行動してるんだ。食人鬼の世界へ送ったからと言って、このまま見殺しにするわけじゃないんだよ……。今はちょうど、体に空きがないだけで、いずれはこっちの世界へ避難させるつもりだ……――ハッピーを、危険な向こうの世界へ送ることはできねえよ」


「その危険な世界に、トンマはいるってことだろうがッ!」


 それはそうだが、向こうへいった分身の隣には、ハッピーの分身の、その魂がいるのだ。今ここにいるオリジナルのハッピーが向こうの世界へいこうが、ハッピーの分身の魂が向こうの世界にいるトンマの支えになろうが、同じことだと思うが……。

 たとえ自分が相手でも、嫉妬しているってことなのか?


 経験が違えば別人になる。まさに今、新しい経験を積んでいる分身と仲を深められたら……それは分身から別人へと、ランクアップするかもしれないと危惧しているのかもしれない……。

 自分と同じ顔が、大切な人と仲良くなっていれば、心中穏やかではないから……。

 だったら自分が向こうへいく――ってことか……。


「色々と言いたいことはあるが…………、どうせ話し合って、すぐに決まることじゃねえだろ。どうせ長引くなら……アタシはあいつの近くにいることを選ぶ」

「でも葉ぁ先輩。葉ぁ先輩がいないと、先輩の『トンマ先輩』が犠牲になってしまいますよ? 誰もやりたがらない大役を、欠席中に決められちゃうみたいに……」

「…………」


「さすがに世界を跨いだリモート通話はできないですし、まだこっちにいた方がいいのではないですか?」

「……余裕なのは、隣におまえのトンマがいるからだろ。じゃあ入れ替えてみるか? おまえのトンマとアタシのトンマを――」


 年の差は関係なく、ハッピーの威圧に怯えたモナンは、全身を震わせて動けなくなっていた。

 腰が抜けた彼女を支えたのは、分身のトンマだ……、モナンの密着を鬱陶しがりながらも、嫌とは言いながら、決して離れようとはしなかった分身が、モナンを支える。


「……あんまりいじめてやるな」

「いじめたつもりはねえよ」

「そうは言っても、外から見れば後輩をいじめているようにしか見えねえっての……。そう苛立つ気持ちも、まあ、分からないわけじゃない。想像くらいはできるからな」

「なら、おまえが入れ替わってくれるか? 一時的にあっちの世界へいくなら、おまえでもいいはずだよな?」

「悪いが、断る。モナンを置いてはいけねえよ」

「先輩……っ」


 すぐ傍に大切な人がいてくれる状況だ……、手に入れたモナンと、こぼれ落ちたハッピーでは、やはり心の安定感は違う。

 周囲へ当たっていないと、気が済まないのかもしれないな……。


「……なあ、やっぱりオレが戻った方が、」

「王がいなくなってどうする……、同情して解決策を捨てるのは賢い選択ではないな、マスター」


 と、ハッピーの姿をしたターミナルが、俺の姿をしたドットを止めていた。

 ……おかしな光景だ。分身を作り、その分身に、オリジナルと入れ替わる予定の魂を入れているのだから、こうなることは必然だったのだが……。


 整理すれば、俺の体には、ドットと分身その1(異世界に分身その2がいる)……アキバとアキバの姿のリノス。委員長とその姿をしたテトラだ。

 そして同じように、モナンにはルルウォンが。ハッピーにはターミナルが入っており、同じ顔が二人並んで、ホテルの一室に元の倍の人数が収まっていることになる。

 自分の分身に声をかける時は間違えようがないが、しかしアキバに話しかけようとしてリノスに声をかけてしまうことはあり得る……というか、何度もあった。

 解決策は、髪型を変えるなり、名前を先に呼ぶなりしてやりようはあるものの、一瞬、「うっ」と詰まってしまうのはまだ抜け切っていなかった。


 双子同士が集まるとこんな感じなのかもな……。

 いや、双子の方がまだ見分けはつくかもしれない。


「だけど、オレがこの場にいることで厄介な状況になっているなら……、どうせ後で戻ってくる、というのであれば、オレが戻るべきだと思う……。食人鬼がいるとは言え、オレたちの故郷だろ。生き延びる方法くらい、身に染みて分かっているはずだ」


「それでも、万が一のことがある。マスターはここで頭脳労働をしててくれ」

「おい、万が一の状況に、トンマが置かれているってことを忘れるなよ?」


 ハッピーがハッピーに詰め寄った……、片方はターミナルだけど。

 額を突き合わせ、睨み合う二人だ。ターミナルも、主のためとなれば好戦的な方なので、売られた喧嘩を買うように、額を押し付けている……。

 同じ顔で喧嘩するなよ……。


「でも、さ……」

「ドット、いくなら私もついていくから、言ってね。黙っていったら……爆破するから」

「あ、ああ……ちゃんと言うから、物騒なことは考えるなよ?」


 委員長の顔で、でもテトラだとすぐに分かる狂気性があった……、爆破というワードがなくともテトラらしい言動だ。

 ……問題はかなり減っただろう。山積みだったものが、一気に一枚の紙切れになった、とも言えるけど……、その最後の問題が、なかなか解決しない。


 ようは誰を犠牲にするのか、という話し合いだ。

 満場一致で決まるはずもなかった。

 かれこれ三時間くらい、事態は動かない。


 一時的に食人鬼の世界へいっている分身は、無事でいてくれているのか……。

 まあ、一人きりではないはずだから、なんとかしているはずだとは思うけど……。

 万が一のことは、覚悟しておくべきだ。


「…………一旦、さ」


 俺が発言すると、全員が注目した。

 期待の目があれば非難の目もある……なにを言い出すのか、分かっている者もいるようだ。

 想定内かもしれないが、今から言うことは、自己犠牲を促すことじゃないから、安心しろ……特に委員長は既に頬を膨らませて説教モードになっているが、その矛はしまってくれ……。


 単純にさ、ここは人が多過ぎるんだ。

 だから揉める……まずは、当事者である俺たちで話し合いがしたい。


「俺と、ドット……そして分身で、話し合いをする。悪いけど、他のみんなは、一旦、別室にいっててくれ……――ああいや、俺たちが屋上へいくか」

「いや、別に部屋にいても構わな、」

「そうだな、開放的な場所で考えた方が、別の考えが浮かぶかもしれない……そうしよう」


 ドットの追撃に、ターミナルの勢いが一気に失せた。

 分身の腕に密着していたモナンは、特に文句もなく、見送ってくれるようだ。

 そして、アキバは、と言えば……、


「いってらっしゃい」

「…………おう」

「あれ? なにか期待してた? いかないでー、とか? ふふ、それで止まるなら言ってもいいけど、どうせ止まらないんだから言わないよ? トンマのことならよく知ってるし」


 ……言う通り、止まるつもりはなかったけどさ……。

 指摘されると、止まってやろうかと思ってしまう。

 すると、アキバが立ち上がり、冷蔵庫の戸を開けた。


 外にいくなら水分補給をしていきなさい、とでも言うように、コップにジュースを注いでくれた……母親みたいなヤツだな。

 せっかくだ、ありがたく貰っておくけど。

 俺、ドット、分身が揃って、注がれたミックスジュースを飲み干し――


『甘ぇ』


 やっぱり、感想はみな同じだった。

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