第49話 根は同じ
それから、スイッチャーを使用した。
俺の分身が目を瞑り、数秒後、ゆっくりと、再び目を開けた時…………さっきとは、やはり目の色が変わって見えた。
別人だ。
俺の体だけど、俺ではないみたいに、体が動き出す。
変な感じだ。
分身はあくまでも俺がモデルだったけど、ドットの場合は違うのだ……まったくの別人である。
同じ筋肉でも、動かし方が違えば別人だと思い知らされる……。
「でも、そっくりだよね」
「外側は俺だしな」
「違くて。中身も…………、分かりやすく違うんだけど、うぅーん、なんだろう……、根本的なところではそっくりというか……」
だからこそ、俺たちは入れ替わったのかもしれない。
その
似ているところなんて……なくはないけど、些細なところまで言い出したら、俺とアキバも、アキバとハッピーも、モナンと委員長も似ていることになってしまう。
表面的なことではなく、根っこの部分が? それを、どうしてアキバが分かるんだよ……。
「だから直感でしか引っかからない部分なのかもね」
アキバにしか分からない感覚なのだろう。
天才、だからこそ分かる……。
「………………ここ、は、」
「よっ、ドット、だよね? さっきぶり」
軽い感じで手を挙げたアキバ。
まだ目の焦点が合っていないのか、入れ替わったばかりの俺は、目線だけを動かして状況を把握しようとする。
「……その軽い感じは、アキバか……、はぁ、また入れ替わったのか、オレは――」
「今回の入れ替わりは面白いかもよ。ほら、目の前にいるのは、さて、誰でしょう?」
どーぞ、と、アキバが俺を紹介した。身振り手振りで俺に注目するように促しただけなんだけど……当然だが、必然、視線は棒立ちになっている俺へ向けられるはずだ。
俺は第一声に迷った。アキバのように軽いノリで、「よっ」なんて手を挙げることはできない。
だけどかしこまって挨拶をするのも……、一応、親密な仲、と言えるのか?
「俺とお前は入れ替わった仲じゃないか」――と言えるか?
入れ替わった仲って、なんだ。そんな機会、今後そうそうないだろう。――今だけだ。
普通でいい。意識すると、それができなくなるのが『普通』ってものなのだけど。
「トンマ…………え、本人……か?」
分身を疑っているのかもしれないな。
「うん、えっと……初めまして、だよな、ドット……色々と、テトラから聞いてる」
「ああ……オレも、アキバから……雫からも聞いているよ」
お互いに、伝聞でしか知らない入れ替わり先の魂。
俺と俺だけど、こうして向き合うのは、初めてだし……本来、ないものだと思っていたから、変な感じだ……。
やべ、会っちゃったよ、みたいな……そんな気まずさがあった。
「…………」
「…………」
お互い、数秒の沈黙が生まれてしまい、ぎくしゃくとしてしまう。
次の一声をどうするか考えていると、珍しく気を遣ったアキバが、ぱん、と両手を合わせた。
その音で、俺たちは意識を横へ向ける。
「ジュース飲む?」
俺たちは同時に頷いた。
アキバが言うには、まるで鏡みたいだった……らしい。
俺とアキバはベッドに、ドットはソファに座り……、対面する。
片手にはコップ。注がれたミックスジュースを飲みながら。
「甘ぇ」
「トンマと同じこと言ってるね」
ほらみなさい、とばかりにアキバが俺の頬を指でつついてくる。
「たぶん、似ているとかじゃなくて、やっぱり甘いんだよこれ。度が過ぎれば、みんなが同じ感想を言うもんだ。それを似ていると判断するのは乱暴だろ」
アキバは納得がいっていない様子だったけど、否定するほどのことでもないかもしれない。
実際、魂の部分で、似ているところが二、三あるのは確かなのだから……。
「ドット、丁寧に距離を詰めていく時間はないから……単刀直入に言うけどいいよな?」
「構わない。積もる話は……ないわけじゃないけど、そういうのは後でいいだろうしな」
話が合うな……テンポが良い。
茶々を入れてくる誰かがいないと、こうもスムーズに話が進むのか……。俺とドット、互いに思い浮かべた顔は、一致しているかもしれないな。
「でも、あいつはあいつで、良いところもあるもんだよ」
「知ってる。邪魔だと思っても、欠けてほしいとは思わないよ……、いてくれるからこそ、輪が維持されているとも言えるし」
隣で、アキバは首を傾げていた。
細かい部分を省いて喋っても伝わっているせいか、俺とドット以外にはよく分からない会話になっているのだろう……それでいいのだ。
だって、俺とドットにしか分からないことだから。
「――誰一人欠けることがなく、全員が、幸せとまでは言わないけど、救える方法を見つけた……まだ、内容を整える必要はあるけど、致命的な欠陥があるわけじゃない、と思うが……ドットはどう思う?」
アキバの発案を、彼に説明する。
「……火を見るよりも明らかだ。そっちの方が良いに決まってるだろ。オレが進めていた計画は、トンマの世界の住人を、食人鬼の世界へ追放するやり方だ……、苦痛を肩代わりさせようとしていた……。押し付けた上で手に入る平和はやっぱり、罪悪感が時間と共に重くのしかかってくるはずだからな……、できればしたくない。オレだけが苦しむならいいけど、共犯の仲間に、そんな思いはさせたくないからな……」
「ターミナルか?」
「テトラもルルウォンもだ。二人とも、気にしないタイプに見えるのは分かるが、あれでなにも感じない二人じゃないぞ」
数日、行動を共にしただけでは、分からない深いところまで、ドットは知っているのだ……。
俺の偏見を、すぐさま指摘してきた。悪く言ったつもりはないが……、それが分かったからこそ、ドットも咎める言い方ではなかったのだろう。
注意よりは、訂正しただけのようだ。
「ごめん。それで……じゃあ、俺とドットは、手を組むってことで、いいんだよな? 対立する理由がないとは思うけど……どっちがトップに立つかで迷うなら、ドットに譲るよ。今のところ、この国の王はドットなんだから、そっちの方が都合が良いだろ?」
「別に、誰が王でもいいんだけどな……便宜上、オレが立っているだけだ」
俺たちの世界の住人を、食人鬼の世界へ追放するやり方を発案したのがドットだから……彼が選ばれるのは必然だった。
元々、信用はあったみたいだし。
否が王でも、ってところか?
「誰が王でも、どうせ気に入らないことがあれば独自に動くんだろ? よく分かる……オレもそうだしな」
「さすがに……王と認めておいて独断専行はしないよ。相談くらいする」
「否定されたら?」
「…………そしたら、独断で動くだろうな」
「同じことじゃないか」
言われてしまった。
ぐうの音も出ない……、そうだな、という肯定の言葉しか出てはくれなかった。
ドットは笑って、
「いいんだよ、それで」
王はいるけど、従う必要はない――でも、だからと言って害ある行動を見逃すわけでもないのだ。当然、独断専行を有害だと認めれば、王によって敵対者とみなされる……。
便宜上でも王であれば、下の者は指示を仰ぐはずなのだ。
そして、王は決めなければいけない……、どう処理をするのかを。
ドットは、その決定権を、握らされている。
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