第44話 眠り姫を待つ

 逃げるあいつを追いかけるルルウォンだが、モナンの体では到底、追いつけない。

 結局、息を切らしながら戻ってきたルルウォンが、尻もちをついてすぐに大の字で寝転がった。

 体力がない彼女の弱音は珍しい。


「しんどい、疲れた、きつい……お腹すいた」

「……すぐに用意をするから待ってろ」


 ほんと!? と飛び起きたルルウォンだ。そういう体力はあるらしい……。

 そして、見慣れない人物がいた。染めた金髪で、見て分かるヤンキー女子(すぐに分かった……彼女がこっちの世界のハッピーである)――中身は、ターミナルだろう。


 彼女は俺を見て、マスターとは呼ばなかった。

 そりゃ、一瞬で気づかれるよな……。


「トンマか。恐らく、リノス姫の反抗で入れ替えられたのだろうことは予測できる」

「……正解だよ、よく分かったな」

「逆にそれ以外にどんな推測があるんだ?」


 確かにないか……。

 ドットが自分から入れ替わるわけもないから……。


「テトラが見逃しているなら、私から言うことはないが…………一応、確認だ。味方でいいんだな?」

「もちろんだ。俺は……誰かを犠牲にする方法は選ばない」


 たとえ、お前たちがこの世界の人たちを犠牲に、これから先を生きていこうとしているのだとしても。

 それを理由に、お前たちを止めて、元の世界へ追い返し、犠牲にすることを選んだりはしない。


 両方の世界を知っている――だから両方の人たちを救いたいと思っている……、これは、おかしなことではないはずだろう?


「……共感か」

「え?」


「リノス姫も、たぶんお前と一緒の気持ちだったのだろうと、今なら分かる……。反対派として、一人で戦っていたからな……」


 だけど方法がない。

 両方の人たちを救う方法なんて……――本当に?


 あいつはそう言っていた。そして、気づいた俺になら、協力してもいいとも言っていた……ということは、あいつは気づいているのか?

 だとしたら、なんで。


 あいつは、言わなかった、提案をしなかった――どうして、渋っている?

 あいつは…………なにに怯えている?




 テトラとターミナルの意見は一致していた。

 俺の中身はドットである、と、周りには通した方がいいということだ。

 夢の国にいる人々に俺がドットではない――つまり、みんなが信頼している王ではないことを明かすメリットがない……、なのでこれまで通り、ドットのフリをするべきだ。


「別に、人前に出て演説をしろと言うつもりはないさ。入れ替え活動は一時中断することにはなるが、王がこの場にいることが大きな意味を持つ。トンマは…………なにもしなくていい」


 なにかをされたら困るみたいな言い方だが、迂闊に人前に出て、俺がドットではないとばれてしまえば、国はパニックだ。そういう意味で、動くな、ということだろう。

 部外者がうろちょろするな、という意味ではなく……それも、少しくらいはあるのだろうけど。


 ともかく、俺は単独行動を許された。とは言っても、移動できる範囲は限られているし、申請しなければ部屋を出ることもできないが。

 そんな狭い行動範囲の中で、俺が指定したのは、病室だった――。お腹に怪我を負ったリノスに会いにいく。一通り、治療も終えたみたいで、意識が戻っているらしいから……難しい話はできないけど、それでも会話はできるだろう。



「ターミナルは一緒に入らないのか?」

「仕事がある。マスターがいない間の仕事は私が代理でやることになっているからな……それでも簡単なものだが」

「俺にできることは?」


「置物でいいならいくらでもあるが、問答でボロが出ても困るからな……ひとまず、今はおとなしくしていてくれ。マスターがいない間の、トンマの動きはこっちで決めておく。……隠されている『スイッチャー』が手に入れば問題はなかったんだがな……。聞いて、教えてくれる性格でもないだろうしな」


「だろうな……そういうところ、リノスは頑固だろ」

「トンマなら聞き出せるのではないか?」


「やってみるけど……、俺とターミナルたちが繋がっているなら、俺にも言わない気がする……。繋がっていることを隠すこともできないだろ――たぶん見抜くぞ、リノスは」

「…………、それでも、試してみてくれ」

「分かった」


 手元にスイッチャーを隠し持っていることは、当然、伏せながら、場にスイッチャーがないことを前提に会話を進める。

 俺が持っていることを、絶対にばれてはならない……、これが奪われたら、俺たちは本当に詰みの状態になる。


 これは鍵だ――俺の世界も、ドットの世界も救うための……トレジャーアイテムでもあり、キーアイテムである。

 分身が考えている、全員を救う方法とは……目を覚ましたリノスなら、分かるだろうか……。


「部屋の外に見張りを立てておく。窓の外もだ――まあ、地上五階のホテルの一室だ、飛び降りるわけもないだろうが……一応だ。逃げようとすればすぐに分かる。つまらない手段を取るなよ?」


 ターミナルに釘を刺される。

 まあ、言われずともするわけもない手段だが……。


「テトラとルルウォンも……仕事なのか?」

「テトラは私と行動だ。ルルウォンは……、仕事を振ってはいるが、ちゃんとやっているかは運だな。気まぐれで別のことをすることもある――」


 厄介な仲間である。


「それが良い方向に転がることもあるから……強く咎めることもできないわけだ……。そういう意味でも厄介と言えるかもしれないな」


 最後に、ナースコールと同じ設備の説明をされ――部屋に俺とリノスを残し、ターミナルが部屋を去っていく。

 去り際に一言だけ残して。


「変なことをするなよ? リノス姫は……マスターの大事な人だ。……それに、姫だ。手を出せば打ち首もあり得ることを忘れるな」


 そんなことするか。

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