第43話 トンマとトンマ

 俺とテトラがやってきた入口とは別の出口へ向かう、俺の分身――当然、それを止めようとする人材はいるわけだ。

 真っ先に動いて目の前に立ち塞がったのは…………、誰だ? 桃色の髪の、小柄な女の子だ。


「そこをどいてくれ、モナン……」

「逃がさないよっ、ドットのニセモノめ!!」


 モナン……? なら、中にいる魂はルルウォンか!

 異世界の人間は、ルルウォンに限らず、基本的に運動神経が良い……、爆弾使いであるテトラだって、基本的な身体能力が高いのだ。

 食人鬼に追われて、自然と運動する機会が増えたから、というよりも、それ以前に異世界の環境は誰もが体を動かす機会が多いのだ。ゆえに、そこに差が生まれる。

 俺が向こうの世界で身長の差を実感し、読み間違えたように。


 動けると思って行動したら、肉体が魂の『やりたい』ことに追いつかなかったり――ルルウォンとモナンだったら、その差はより顕著に出るだろう。

 そして、分身もそれは見抜いている……というよりも、モナンのことを『よく知っている』のかもしれない。


 ルルウォンの魂がモナンの体を使って分身を止めようとしたが、男女の差もある……足払いをされ、優しく地面に転がされた。


「――う、わっ!?」

「ごめんっ、モナン!!」


 咄嗟に言ってしまっただけのようで、分身は中身が別人であることを当然、知っているのだろう……。モナンではないと理解していながらも、彼女が声を上げたら反射的に謝ってしまっただけで――なるほど、あの分身はモナンに執着しているわけか。


 ……執着という言い方に語弊があるとすれば、モナンを救った『俺』である。

 アキバでも委員長でもなく、モナンを選んだ俺の先の可能性が――あいつだ。


「おいっ、もう一人の俺――お前は、なにがしたいんだ!?!?」


 出口へ、片足を踏み出していたあいつが止まり、振り向いた。

 俺を見る――意外と、俺は人を睨むと迫力があるらしい。

 ……そこに感情が乗らなければ、難しいとは思うが……。

 あいつにできるから俺にもできると思うのは安直過ぎる。


「なにがしたいか、か……」


 あいつが俺を指差した。


「このまま、この世界を乗っ取られてもいいのか?」

「…………」


「オレたちの知り合いが向こうの世界へ追いやられて、大切な人が食人鬼の餌食になってもいいって言うのかよ――オマエは」


「いや……もちろん、それを良しとはしねえけど……だけど! じゃあッ、希望を見つけてこっちの世界にやってきた異世界人テトラたちを、見捨てるのか!?」


 リノスを、テトラを、ターミナルを、ルルウォンを――みんなを!


 元の世界に追い返して、食人鬼の餌食になることを黙って見過ごすって言うのか――お前はッ!

 俺はッ、そんな薄情な人間だったのかッ!?


「全員を救うことはできないって、気づいてるだろ?」


 逃げられない一言だった。

 一人だけを助けるにしても、犠牲が生まれる……――実際、全員どころか、誰も救うことはできないのだ。


 犠牲が出た時点で、それは正解ではない。

 両方の世界、全員が救われる方法でなければ……。

 だけど、そんな方法は、ない。

 少なくとも、今の俺には思いつけない――。

 なら、お前はどうなんだ、分身……。


 異世界にいって、異世界人と交流をしていた俺とは違う体験を得たお前だったら……――この状況をどう打開するんだ!!


「だから、オレは、元に戻すべきだと思ってるんだよ……当然だろ、あるべき場所へ、よそ者を追い返すのが一番、正解に近いだろ」


「見て見ぬ振りをするって言うのか……」


 見損なったぞ、と言うには、俺のわがままは『全員を殺してしまう』可能性も含んでいる……、だったら、そのセリフを言われるべきなのは、俺だ。

 片方を救うために片方を見殺しにする覚悟をしたあいつの方が、よっぽど英雄だ。


「ああそうだ。その選択が……不正解とは思わない」


 正解ではないだけで、不正解でもない……。

 最善とは言えないけれど、最悪を避けることはできている――。


 テトラやターミナル、ルルウォンと出会わなかった分身だからこそ、判断できたことだろう。

 リノスが俺や委員長と出会ったことで、こっちの人たちを犠牲にすることを躊躇うように――異世界人を知らないもう一人の俺は、追い返すことに躊躇をしない。


 それが、『もう一人の俺』のやり方なのだとしたら。

 ……手を取り合うことは、できないな。


「この場から逃げても、お前にできることはないだろ……、ドットがやっていたみたいに、入れ替えることはできないはずだ――入れ替わった人たちを元に戻すことも、できないはずだ――」


 なぜなら、スイッチャーは俺が持っている。

 リノスが隠した、とテトラは誤認しているが……、入れ替える手段は俺が持っていて――。

 あいつにできることは、なにもないはずだ。


「そうかもな」

「……なんだよ」

「だからこそ、オレはこっちを手に入れた――」


 あいつが持っているのは…………青く光る、ひし形のアイテムだ……。

 入れ替えではなく、『分身』の方――。

 トレジャーアイテム『レコード』、だったか……?


「ッ、あいつ、いつの間に奪った!?」


 後ろから、ターミナル、だろうか……? の声だ。

 保管していたそれが、気づけば盗まれていた、と言った驚きの声である。

『分身』のトレジャーアイテム。

 あいつはそれを手に、なにをしようとしている……?


「オレたちは手を取り合うことができない……、か。――本当にそうか?」

「……そうだろ、俺たちの目的は真逆だと言える――手を取り合ったら、どちらの目的も達成されないだろ――」

「こっちの世界にあるトレジャーアイテムは、オレとオマエが持っている……なら、可能性はある気がするが」


 なんだ、なにを言っている……?

 あいつの頭の中で、なにが起こっているんだ……? 本当に、俺の分身なのかよ……ッ。

 一人で勝手に、大人になっていくんじゃねえ。


「全員を救いたい……か。なら、お前が気づいたら、こっちも答え合わせをしてもいいぜ」


 そう言って、あいつは立ち去った――。

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