第45話 眠れる獅子

 遠ざかっていく足音を聞き届け、その後、充分に時間を取ってから……――ふう、と張り詰めた緊張を解き、ベッドを見る――リノスだが、外側はアキバだ。

 アキバが、穏やかな表情でベッドに横になっている。


 これは、頬を叩いて起こすのは、俺にはできそうもないな……。

 眠れるだけ眠っていればいい、と甘やかしたくなるが……そうも言っていられない。

 二人きりになった貴重なタイミングである。聞きたいことが山ほどあるし……ただ、それはリノスよりも、アキバの方がいいのではないか?

 特に、聞きたい質問もあるわけで……。

 どちらにせよ、リノスには目を覚ましてもらわないといけない。


「おーい、起きろー」


 頬をぺちぺちと叩く。肩を揺らすのは怪我に響くと思って、控えめに頬を叩き……本当に起きるだろうか。

 弱い刺激でも、長く続けていればいずれは起きてくれるはず……。


「ん、んん……っ」


 と、身じろぎした。

 意識が浮上したようだ……、このチャンスを逃すわけにはいかない。


「リノス、起きろ」


 少し声を大きめにして呼びかけると、彼女のまぶたが持ち上がった。

 ……まだ俺のことは認識できていないようで、目が泳ぐ。

 やがて、ピントが合ってきたようで、リノスが俺を認識した。


 怪我のせいで記憶が混ざり、俺をドットと誤解すれば、パニックになることも想定していたが……、その心配は杞憂だったようだ。

 リノスは俺のことを、トンマだと区別できている。


「トンマくん……、だよね?」

「ああ、俺はトンマだ。ドットの方が良かったか?」

「ううん、今は、トンマくんの方が……」


 それは、そうか……。

 リノスの、ドットとの最後の記憶では、リノスはドットにナイフで刺されているのだから――。


 振り返ってみれば、それもおかしな部分ではある。いくら反対しているとは言え、リノスを、刺して怪我をさせるほど――……だって、大切な人なのだろう?

 ドットがリノスを刺すのは、おかしい。


「おかしくは、ないと思いますよ……」

「え?」


「ドットからすれば、魂さえ違えば、刺さない理由がなくなるわけですからね……、たとえば誰かに偽情報を掴まされたとすれば。……既に魂はわたしではなくて、この体の持ち主に戻っていて、わたしのフリをして反対意見を出しているとすれば……――この肉体を刺し殺しても、わたしが死ぬわけではないのですから……」


 ……つまり、ドットはアキバの中にいるリノスの魂が、既にアキバの魂に戻っていると思い込んでいた……?


 偽の情報を教えられ、不意を突いてアキバを刺したら……魂はリノスのままだったと――そういう誤解があって……?


 誰に。

 ……誰かが、意図的に嘘を教えたことになる。

 それを信じたということは……ドットの、身近な人間の誰かということになって……。


「……裏切り者がいる……?」

「かもしれないですけど、わたしを嫌う人間がいても、おかしくはないですから……」


 リノスが力なく笑った。

 ……誰かに殺されるほど嫌われているという事実は、受け止め切れないだろう……。

 それでも受け止めて前へ進まなくてはならない。

 今は、傷心している場合ではないのだから。


「リノス……一つ、提案があるんだが……」

「はい」

「ここに【スイッチャー】がある……お前、戻るか?」


 俺の考えは、一つだ。

 アキバを呼び戻す。

 そして、天才へ、問題を丸投げする。

 あいつなら――答えをすぐに導き出せるはずだし、俺の使い方も熟知している――。


 指示さえあれば、俺はいくらでも、動くことができるのだから。


「まあ、使い方は教えてほしいが……」


「構いませんけど……ですけど、今、魂が戻れば……刺された痛みを、アキバさんが、味わうことになってしまうのでは……? 完治するまで、とは言いませんけど、もう少し痛みが和らぐまで待ってあげた方が……」


「気にすんな」

「いや、どうしてそれをトンマくんが……」

「あいつはそういうの気にしないよ」


 愚痴を言うだけだ。

 俺にだけ、しつこく、何度も何度も……だから、それだけの話だ。

 リノスが気にして入れ替わるタイミングをずらす必要はない。痛みを知るリノスは、がまんしているってことだろう? 押し付けていいんだ――お前はよく頑張ったんだから。


「……向こうでドットと再会したら、ちゃんと聞いておけよ……、嘘を教えたのが一体、誰だったのかを」

「……はい」


「で、どうすれば使える? 俺の中に魔力はない、と思っていたけど、入れ替わったドットがトレジャーアイテムを使えていたってことは、あるんだろ……。魔力に代わるなにかが体の奥底にあって、それを引き出すやり方が――」


 ドットにしか分からないコツがあるのだとしたら、リノスに聞いても分からない可能性もあったけれど……、彼女は痛む体に鞭を入れて、体を起こした。

 それを止める間もなかった……。リノスの目を見れば、止めることが野暮だということが分からされる――、俺から教えてくれと聞いておいて、無茶をするなというのもおかしな話だ。


 彼女の指が、俺の胸を指した。

 とん、と魂が叩かれた感覚。


「自信を持ってください……、自分の中にある才能と、向き合ってください――。才能と自信が合わさったものが、トレジャーアイテムを動かす魔力の代わりになりますから」

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