第41話 入国と王の仮面

 テーマパークだ。……久しぶり、でもないのか……、中学最後に友達といったばかりだ。小さい頃も、親に連れられてよくいっていたし、だから見慣れた光景ではあったが……。

 いつもは当然、キャストもいて、有名なマスコットキャラクターも見渡せば数多くいるけど、今に限れば当然ながらいるわけがない。

 それに、アトラクションも動いていないし、だからとても静かな空間だった。


 静かなテーマパークはホラーなんだよな……。テレビが無音になるようなものだろう……、『楽しい』の象徴が静かになると、夢から醒めたように、現実リアルがやってくる。


 困難が見えてくる。

 夢から醒めたら悪夢だった、なんて、逃げ場がない。

 まあ、逃げたらダメなのだ……逃げられないけど。

 隣のテトラは俺から目を離さない。


「ねえ、どうするの? 中身がドットじゃないって、公開するの?」


ドットの不在は混乱を招くだけ――でしょうから、一部の人にだけ明かして、様子を見ればいいでしょう。優先はターミナルです。ルルウォンは……、口を封じればいいですか」


 ルルウォンの口の軽さを力技で封じ込めようとしている……、確かに、気を抜いたら言ってしまいそうな性格だけど。

 だったら教えない方が…………いや、ああいう奴ほど勘が働くのだ。野生の――と言えば、お似合いだった。


「王、か……」

「今のところ、この夢の国の王はドットだから。あんたに向けられる信頼はあんたじゃなく、ドットのものだってことを忘れないで」

「分かってるよ……」


 人類総入れ替えの発案、そして実行はドットだ……、多くの人からすれば、ドットは救世主であり、王として納得なのだろう――その王の不在が知られたら、やはりまずいか。

 ドットの代わりがいるわけでもないし……、いや、それがリノスだったのか。

 反対派――だったけど。だからこそ対等でいられたのかもしれない。


 賛同するだけじゃなく、反対意見も言えたからこそ、ドットも暴走をしないで済んだ……ドットとリノス姫、二枚看板だった――。


 でも、今はその二枚が失われてしまっている。

 多くの人々をまとめ上げられる人材が、他にいるのか……?

 俺の意識は、目を引く金色に引っ張られた。


「……ハチミツ姫がまとめれば、」

「わたくしに人をまとめる才能はないですよ。上に立つことはできても、下の気持ちは分かりませんからね」


 それは…………、納得してしまう。

 ハチミツ姫はそういうタイプだ。

 だからこそついてくる人もいるが、やはり全員となると難しい。

 ドットの器量が、やはり突出していたのか。


「余計なことはしなくていいから。あんたは黙って人の相談に乗っていればいいのよ」


「相談に乗るなら喋りたいけど……――あ痛っ!? すみませんっ、余計な一言だった!!」


 テトラの手が俺の耳を引っ張った――取れる!! マジでそのまま引き剥がされるから!!


「きなさい、今日は特別に私の隣を歩かせてあげる。本来、四つん這いなんだからね?」

「は、はい……」


 車から叩き出された。

 足蹴にされて――「ほら、早く立つ」と急かされる。


「いくわよ、ドット」

「…………分かった」


 そう、今から俺はトンマではなく、ドットである。

 トンマの見た目なのにドットのフリをするなんて……もうよく分かんねえな。



 夢の国へ入国すると、多くの人たちから声をかけられた。

 人類総入れ替えの発案と、異世界の人たち(ドットの世界の人たちだ)の指揮を執って、実行に移したのはドットである――当然ながら、好感度は高い。


 王と認められているのだからそりゃそうか。恐怖で縛った暴君でなければ、小さな積み重ねの信頼で支持されている……、でなければリノスのような反対派がいるはずなのだ。

 未だに顔を見せないだけかもしれないが、現状、夢の国にいる人々は、ドットの存在とやり方を認めているのだろう。


 反対する理由がない、と言えばそうだろう……リノスは委員長たちと接した時間が長いからこそ、共感してしまったわけで……。

 リノスのように情が移るよりも早く実行してしまったのは正解だ。


 見ず知らずのまま、他人を犠牲に自分たちが長く生きることができる……そこに僅かな抵抗はあれど、あれよあれよと進んでしまえば、罪悪感も薄い。

 そのあたりの問題は、ドットが力技で解消しようとしているのだ。


 夢の国に閉じ込めているのも、ストレスを与えることで別世界の住人を犠牲にすることへの抵抗を、上書きしているのかもしれない……。抱えたストレスを、犠牲にするべき『俺たち』へ向けようとしている? 仲間割れをするくらいなら、共通の敵を作り出してしまった方がいいから……――なんてことを考えているなら、まるで俺だな。


 ドットが俺に似ているのか、俺がドットに似ているのかは分からないが……。


「――笑って手を振ってなさい。それだけで騙せるはずだから」


 後ろから指でつつかれる……、指だよな? なんだか鋭利に感じるんだけど……。


「ほら、王の凱旋よ――もっと盛り上がりなさいよ、あなたたち」

「やめろ、そういうことは強制させるもんじゃないだろ……」


 よいしょされて嬉しいタイプじゃないんだよ……。

 おだてられると不安になる。

 人の上に立ったことがないから、落ち着かないな……、やっぱりアキバの影響があるから、人にこき使われている方がいい――別に、テトラにお願いしたわけではなく。

 まあ、困っていれば手を貸すけどさ。


「…………ドットと同じことを言うのね」

「え?」


「なんでもないわ。今のあんたは、仮でも王様なんだから、堂々としていればいいのよ……、分かりやすいリーダーがいることで成立するのよ。あんたが王でいることで、多くの人たちが安心できるなら、堪えられるでしょう?」


 そう言われたら、できない、とも言えない……。

 こうして、ドットも納得していったのだろうか……――だとしたら、テトラはドットを転がすのが上手い。

 俺と似ているなら、ドットもやはり、転がされるのが簡単なのかもしれないが。


「分かったよ……」

「あら、ちょろいのね」

「謀反を起こしてやろうか?」

「王様がすることではないでしょう……」


 される側、なのだろう。

 ともかく、堂々と歩いていれば、道中の人々は安心することができる。


 人類総入れ替えによる、今後の展望を知ってはいても、実際に成功するのか、確証はない……――今後の安全安心の生活が保証されるとも限らないわけだし……。


 心の底から、安心はできないだろう。まだ計画の途中段階であれば、不安を完全に払拭することは難しい。だからできるだけ、不安を煽らないように――その証拠として、俺が堂々としていれば、なんとなく察してくれるはずだ。


 間違っても、失敗を悟らせるような不安な顔や、慌てた様子を見せてはならない……一人にばれれば一気に伝播する。


 ……不安に焦った人たちに勝手な行動をされたら収拾がつかなくなるのだ……、ただでさえ海外は『テロ』でぴりぴりしているって言うのに……。


 勝手に行動して海外へ出てしまえば、テロに巻き込まれることは目に見えている。

 テロでなくとも、銃社会に飛び込めば、部外者は蜂の巣だ。

 今は入るべきタイミングではない。


 ここが最も安全……、と言えるだろう。

 少なくとも、他よりはマシだ。

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