第39話 テトラの首輪
青髪おさげの委員長だが、中身はテトラである。
俺を拷問部屋に閉じ込め、何度も何度も体に鞭を打った……トラウマである。
なので彼女の声のトーンや喋り方、雰囲気で体が反応したものの、幸いテトラ本人の顔でない分、冷や汗も控えめだった。
それでも背中を伝って落ちる汗は本物である。
心臓がばくばくと悲鳴を上げている……、不安になるくらいの強い鼓動だった。
「………………テトラ様……」
あ、と思った時には既に遅かった。反射的にテトラ『様』と付けてしまい、もう覆せない上下関係を作り上げてしまった――。
俺の言葉に口元を歪めたのは、テトラだ……。
顔は委員長なので、癒されるが……。
「ふうん、あんたはなかなか、見所があるじゃない」
「い、今のは反射的に……っ」
「反射的に出た言葉は本音と言ってもいいでしょう?」
ついつい口からついて出たのだ……考えて喋った言葉ではない。
なのでそこに理論も意図もなく、事実だけが存在する。
俺はテトラを、『様』付けするほどに――……忠誠、ではないけれど、蔑ろにはできない相手と思っているわけだ……。
気を遣う。
だって、なにをされるか分からないから。
……いや、分かってしまうからこそ、なのかもしれなかったけれど。
テトラが不機嫌にならないように意識しておかなければ。
「で? どうしてあなたがドットの中にいるの? スイッチャーのことは知っているけど、まだやり残したことが多いドットが、この場面で自分を入れ替えるわけがないのよね。だから――反対派のお姫様が、遂にドットの邪魔をしたってことなのかしら? …………どうやら当たりのようね」
テトラが俺を見て頷いた。
……え、俺ってそんなに顔に出ているのか?
「お姫様の怪我は――あなたの仕業?」
「違う! これは…………、」
しかし、ドットがナイフを持っていたからと言って、ドットが刺した、とも限らない。状況だけ見れば、ドットがリノスを刺したとしか思えない状況だが、だからこそ、誰かが仕組めば意図的にドットを悪者にできるということでもある。
絶対に言い逃れができない環境に置かれたら、まずはそれを仕組める、もしくは仕込む動機がある人物を探した方がいい。思考停止してドットを犯人にするのは早過ぎる。
まだ考える余地はあるはずなのだ。
「……分からないんだよ。リノスの怪我は……、俺が入れ替わった時にはもう怪我をしていたから――」
「なんでもいいけど」
と、テトラは興味がなさそうだった。……リノス、なのに? テトラからすれば、ドットが意識を向けているリノスは邪魔に映っているのではないだろうか。
そう考えると、テトラに動機はあるけど、でも手段がない……。彼女は元爆弾魔だし、やるなら爆弾で、ぼんっ、と始末しそうだ。
ナイフでどうこうなんて、ちまちまとアリバイやらを作る性格ではない気がする。トレジャーアイテム『拷問部屋(って言うの?)』に閉じ込めて、殺さなくとも一生、監禁しておけば、ドットの前から一人の女がいなくなる……、それを最も喜ぶのはテトラなのではないか?
――憶測だ。証拠はない。
テトラというキャラクター性のみで考えている、失礼な推理だ。
当然、披露する段階ではない。こんなことを口にすれば、冗談抜きでまた拷問部屋いきだ(トレジャーアイテムではない普通の個室で)。
それとも爆弾で、ぼんっ、とやられるか? もう元爆弾魔じゃないだろ……。
今だって、爆弾魔であることには変わりない。
「こっちの世界にいるあんたのことは調べたわ……、あんたに限らず、私のこの体のことも、ルルウォン、ターミナルの容れ物のことも――色々と知っているわ」
ね、トンマ? と名を呼ばれた。
名前を覚えられてしまった……っっ。
「なにその顔。まるで犯罪者に名前を覚えられちゃった――みたいな」
「そんなこと! ……思ってないよ」
「いいけど。――私は爆弾魔。気に入らなければ爆破するだけ」
怖過ぎるだろ。
それを口上にしないでくれよ?
「ところで」
と、会話に口を挟んだのはハチミツ姫だ。割って入る気がなさそうに見えたが、あまりにもテトラがハチミツ姫を『いないもの』として見ていたから、がまんできなかったのだろう。
声をかけられても尚、テトラはハチミツ姫には反応しない。……仲が悪いのかな。テトラは爆弾魔で、ハチミツ姫はお姫様で――大犯罪者であるテトラに手を差し伸べたのがドットだと言っていた……、つまりドットが手を伸ばす前は、ハチミツ姫がテトラの身柄を確保していたのだ。
犯罪者を檻の外に出している現状を良く思っていないハチミツ姫は、テトラの存在自体を良しとは思っていない……のなら。
不仲でもおかしくはないのか。
「テトラがどうしてここにいるのですか? 連絡が遅いドットを心配して、というのは分かりますが、単独行動は控えてもらいたいものです……特にあなたは」
「どうして? この世界に手軽に手に入る爆弾はないでしょう?」
爆弾を持たない自分に脅威はないと主張しているらしいが……あるよ、充分に。
拷問にトラウマを抱える俺でなくとも。爆弾に詳しいのなら他の武器にも詳しいはずだ。
専門家でなくとも、得意分野周りの知識は人並みよりはあるだろうし。
「手に入らない、わけでもないですけどね。探せばトレジャーアイテムに似たものはあります。この世界の『製品』と『トレジャーアイテム』は似ていますから……。爆弾もあるでしょうし、人の数が減った世界で爆弾を持ち出すことは難しいことではない――そうは思いませんか?」
それに、とハチミツ姫が懐から取り出したのは、拳銃だった。
「爆弾でなくとも、同じ結果を出すことはできるでしょう。あなたに自由に動き回られるのは不安で仕方ありません」
「私もバカじゃないから。異世界で一人、単独行動を起こして孤立すれば、今後の生活が危ぶまれる。知らない世界で一人で生きられるほど甘くはないでしょう?」
食人鬼がいない分、まだマシな気もするが、『知らない』ことは食人鬼に並ぶ脅威なのだ。
俺にとっては見慣れた光景で、危険なんて感じない世界でも、テトラからすれば目に見えているどれが致命傷になるか分からないのだ。
知らずに、張り巡らされている電線に触れて感電するかもしれないし……、そう考えると、至る所に脅威があるのだ。
そしてなにより、この世界には生物がいる……。日本は少ないけど海外へ飛べば――人間なんてすぐに餌にされてしまう弱肉強食の世界が待っている。
食人鬼がいないということは、自然の世界は野生動物が支配者だ……、テトラが飛び込んで生きていられる保証もない。
たとえ爆弾があったとしても。数の差は爆弾では覆せないだろう。
なので今のテトラは組織に所属するしかない。単独行動までが、できる行動なのだろう……離反することはできない。分かっているから、テトラも過激な方法を取らないのだ。
単純に、連絡のないドットを心配して――もしくは会いたくなって、探しにきたのだろう。
病院へきたのはたまたま、だろうか。
それとも監視カメラをハッキング(……できるか?)をして見つけたのか。
それともGPS……、愛の力——虫の知らせで知った、というのもあり得るか。
テトラなら――それを本気で言ってもおかしくはなかった。
「こうしてドット……ではないけど。彼と再会できたならもう満足よ。独自に探索なんてしないわ。家探しして猛獣に噛みつかれたら最悪だしね……、ほら、戻るわよ。リノス姫の手当ても、どうせ応急処置くらいしかできないんだから、時間なんてかからないでしょう? 不器用じゃあるまいし」
暗に早くしろ、とハチミツ姫の側近に言っているのか……?
聞こえていたのか、むっとした少女がちょっとだけペースを上げて――急ぐあまり雑な仕事になるなよ、と忠告したいところだった。
それくらい、言わずとも分かるか。
「……素直に戻ると思っても、いいのですね?」
「戻るって言ったでしょ。私は本当に、ドットを迎えにきただけなんだから――いざ見つけてみれば、中身は入れ替わってるしで、期待外れだったけど」
「……悪かったな、ドットじゃなくて」
「本当にね」
気を遣ってくれない……まあ、これがテトラである。
急に態度を変えられても逆に怖いし、これで安心するならこのままでいいか。
「あのさ、まさかとは思うけど……あっちと同じように、大型のクルーズ船に、入れ替わった全員を閉じ込めているわけじゃないよな……?」
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