第38話 忍び寄る最悪

「? ……ドット、ではなく……? まさかあなた、以前に船の上でお会いした……別人の方ですか?」

「…………」


 別人だった、とやはり気づいていたらしい。ただ、当時は入れ替わりのことなど考えもしていなかったから、確信がなかっただけで――こうして実際に、ハチミツ姫が入れ替わりを体験している以上、俺とドットが入れ替わっていることを受け入れるのは早かったようだ。


「なるほど、ドットではないとすれば……。このタイミングでドットが自ら入れ替わる行動をするとは思えませんから…………リノス姫の反抗でしょうかねえ」

「……どういうことだ?」


 リノスの反抗……。

 ドットがしようとしていることの反対派だった、とは本人が言っていたか。


 だからドットに嫌われた、とも。

 反対していたのはリノスだけなのか?


「あなたを巻き込むことになってしまいましたからねえ……教えてもいいでしょう。計画が半分以上も進んでいる中で、あなたの声一つで事態が捻じ曲がることはないでしょうし」


 事実なのだろう。だからこそ、町から人が消えているとすれば……、人の少なさが、計画の進行度を表している……。


 人類総入れ替えは、滞りなく進んでいる……? だから、俺がこうしてドットと入れ替わったことが、初めての滞りなのかもしれない。


「……聞かせてくれるか? ただその前に、リノスの手当てを…………できるか?」

「わたくしにはできませんが、わたくしの側近ならば可能ですよ」


 側近?


「どいてください、ドット様――」


 リノスを挟んで椅子の向こう側、中学生の少女が屈んでいた。

 慣れた手つきでリノスの怪我の具合を確認している……。


「え、誰……」

「わたくしの側近ですが? 船の上で面識はあると思いますけどねえ」


「姫様、あの時とは向き合っている顔が違います。分かるはずがないですよ」

「それもそうね」


 あの時の……、目元を覆う兜のせいで顔は分からなかったから、同じ顔でも分からなかったかもしれない。顔よりも兜で判断しただろう。


 以前から存在感のなさが特徴だったが、入れ替わった先でもそれは反映されるらしい。見た目ではなく魂の性質なのかもしれないな。


「……大丈夫なのか?」

「信用できないなら、あなたがやりますか? 素人の不慣れな手つきで救えると思っているならご自由に」


 突き離す言い方だった。

 技術を疑われたことに不機嫌になったのだろう……それもそうか。

 信用できないなら任せるべきではない。


「ごめん、信用するから、リノスを助けてくれ」

「分かっています。リノス姫は反対派ですが、ドット様に口を出せるのはあの方だけですし、失うのはまずいですからね……」


「ドットは、一国の姫しか口を出せないほど大きな存在なのか? 船の上ではあれだけ嫌われていたのに……」

「あれはドット、と言うよりは、テトラやルルウォンへの贔屓が原因ですからね。ドット本人ではなく、行動に非難が集まっただけで――ドット自身への信頼度は高いのですよ」


 見た目は子供なのに。

 そう言えば、なんで子供の姿なんだ?

 周りからの信頼を見るに、年相応の精神があるとは思えなかった。


 何度もやり直している、もしくは――。


「……ま、それはあとでいいか」


 トレジャーアイテムによる影響があったのだろう、としておこう。

 今、掘るべきところではない。


「――リノスのことを、頼む」

「はい、任されました。あなたのためではなくリノス姫のために、失敗は致しません」


 それでいいよ。

 側近の彼女にリノスを任せ、俺はハチミツ姫に手招かれ、受付――ナースステーションへ向かった。


「計画のことはご存じのようで。人類総入れ替え……理由も手段も理解していると思って進めてもよろしいので?」


「理由は分かる。手段は……トレジャーアイテムの【スイッチャー】……だろ? この世界の人間でも魔力に代わるものがあって、コツを掴んだ人たちでアイテムを起動し、人類の入れ替えをおこなっている……としか考えられないしな」


「ええ、そうです……頭は回るようですね」


 おかげさまで。


「……だけどリノスは反対だった……、その理由は分からないけどな。食人鬼の世界へ追放される俺たち側が反対するのは分かるが、そっち側のリノスが反対するのは、理由がない気もするけど……」


「リノス姫もあなた方の側へ――共感してしまったから、とは考えられません?」


 共感?


「一番最初にこちらの世界に移動し、現地の者と交流を持ったのはリノス姫です。次にドット、テトラ、ルルウォン、ターミナルと……移動が活発になっていきましたね。長く、この異世界にいて、過ごしているのはリノス姫であるため、愛着が湧いてもおかしくはないでしょう。特にリノス姫は、そういう愛情には敏感な方です。争いを嫌い、仲間はずれを嫌悪するお方ですから」


「…………リノスにとって、こっちの世界の人たちはもう、守るべき対象に、入っている……?」


「二つの世界を救いたいリノス姫と、一つの世界を捨ててでも、自分たちの世界の人々を救いたいドットでは、対立するでしょうね。リノス姫の方は夢物語ですが、ドットの方は実現可能な現実的な方法です……。実際、スイッチャーを利用し、人類の半分以上を既に入れ替え完了しています――」


 早い、と思ったが、そもそも数が違うのだ。


 食人鬼によって数を減らし、船の上で生活している人類の入れ替えは、少ない人数で済む――食人鬼族も合わせて入れ替えるとしても、こっちの世界の人類の数よりはだいぶ少ないだろう。


 地道な作業ではあるが、数年単位ではなく、数か月単位で完了してしまう規模だ。


 リノスが言う夢物語を実現するよりも先に、優先して救いたい人類を移動させる――だけどその結果、こっちの世界の人間は食人鬼の世界へいってしまうわけだから、あとで回収する、というのは危険だ。


 食人鬼に襲われれば死亡する。

 食人鬼と入れ替わったとしても、飢餓に苦しむことになる……。

 リノスはそのことに、がまんできなかった。


 だから反対派としてドットを止めた――……スイッチャーを奪って、ドットと俺を、入れ替えて――。


 これはリノスから俺への、救難信号と取るべきか……?

 だとして、俺になにができる。このアウェーの空間で、多数に押し潰されるだけだろう……――リノスが思い描く幸せは、俺には達成できない……。


 一つの世界――その人々を救うのも大変なのに、二つも救うのは無理だ……不可能だろう。


 ドットが一つの世界を優先させるのはよく分かる。

 二つを追えば、一つも救えない場合だってあるからだ。

 二百を救おうとしてゼロなら、確実に百を救うべきなのだ。

 余裕があれば、残りの百を拾う形で……――ドットは、だから間違ってはいない。


 その選択をしたドットに、なんの葛藤もなかったわけではなかったと思うし……だから、ナイフでリノスを刺してしまっても仕方ないのかもしれない……。人は限界を越えてカッとなってしまうと、するわけがないと思っていた暴力をしてしまうのだから。


「ですが、残りの入れ替えができない状況になっているんですよねえ……、スイッチャーはリノス姫が隠したようですし……まずはそれを見つけないといけませんね」


「え?」


「反対派のリノス姫が人類の入れ替えを阻止するなら、自分で抱えるか、隠すか、どちらかです。彼女の場合、他人に預けることはしないでしょうし――まったく、面倒なことをしてくれましたよ……っ」


 ……スイッチャーは、俺が持っている、が……まだばれてはいないようだ。


 待合室の方では、手当てをしながら側近の少女がリノスの体を探って、スイッチャーを探してたようだが、ないことを知って首を左右に振った。


「隠した、ようですね……。海に投げ捨てられていたとしたら……探すのは骨が折れます」


 骨が折れるどころではない気がするが……。

 リノスは、これを予想して俺に預けたのか?


 ……分からないが、彼女の行動は正解だったわけだ。

 スイッチャーが奪われてしまえば、少なくとも、リノスの願いは叶えられなくなる。


「……海には捨てないと思うけどな。だって、見つけられなくなったら、リノスが望む『どちらの世界の人間も助ける』って望みが叶えられなくなる」


「でしょうね。だから身近な……まさかコインロッカーとか?」

「身近過ぎるだろ」


 セキュリティも甘いし。

 咄嗟に隠すとしたら、手近なところにある場所だけど。


「あなたならどこだと思います?」

「俺がリノスなら……、俺に頼むと思うけどな……」

「有能の自慢ですか? リノス姫があなたを信頼して預けるわけがないでしょう、すぐに裏切りそうですし」

「厳しいことを言うじゃん」


 裏切るかどうかは時と場合によるけどな……目的によって変わるものだ。

 どこの陣営につくかは、その時に決めるものだし。


「はぁ、せっかく人も多いことですし、人海戦術で探しますか――」

「ハチミツ姫」

「なんでしょう」


「ターミナルと、ルルウォンに、会えるか?」

「ええ、そのつもりでしたが……テトラは?」

「やめろその名前は出すな」


 全身に鳥肌が立っただろ!


「出すな、と言ったことは黙っててくれ……マジで」

「はい。では、わたくしは言いません。あなたが白状した場合の末路は……、ご自分でどうにかなさってくださいね?」


 微笑みを見せてくれたハチミツ姫の視線は俺の背後に――。


 側近の少女が戻ってきたのかと思えば、違う。

 鳥肌どころか全身に悪寒が走る。


 足音ではなくその存在、気配が、俺の芯に訴えかけてくる……――逃げろ。


 もしくはすぐに謝れと…………――すぐに分かった。


 背後にいるのは、他でもない、テトラ、だ――。



「また、鞭で打たれたいの? ドットのニセモノくん?」

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