第29話 食人鬼の魂
無事にエンジンがかかり、最初こそ慣れない運転で蛇行していたが、しばらくしたらハンドルも安定してきた。
道が荒れているので上下の揺れはあるが、進行方向から大きくずれることはない。
運転しているハッピーは、慣れた証拠に鼻歌まで歌っている。
委員長は地図を広げて、目的地までの最短距離を指示してくれていて……。隣のモナンは俺の肩に頭を預けてうとうとしていた。完全に寝ているわけではないようだけど……、この状況でよくもまあリラックスできるな……意外と一番、図太いのかもしれない。
周囲を見渡すと、食人鬼の姿はない。いや、まったくいないわけではないが、出発した廃墟と比べればうんと数を減らしている。たくさんいたところで、俺たちはもう捕食対象ではないようだから、慌てる必要もないわけだけど、やっぱり見つけると体が強張ってしまう。
道中、何体か撥ね飛ばしてしまったが(わざとではない)、食人鬼は無傷だった。飢餓で死ぬことはあっても、外傷で死ぬことはないのだろう。
ゾンビのように頭を撃ち抜けば死ぬってわけでもないから……厄介だな。そりゃあ、人間は海の上へ追いやられるわけである。
「お、またいた」
ハッピーが見つけた食人鬼。幸い、進行方向に立っていたわけではないので撥ね飛ばす心配はなかった。今のハッピーの運転技術なら避けられるハンドル捌きくらいできそうだが、面倒だからと言ってやらない可能性が高い。
撥ねても死なない、とは言え、少しは抵抗を持ってほしいものだが。
灰被りの食人鬼……、国に近づいているのに食人鬼が少ないのは、既に手近な食糧を食べ尽くしてしまったからこそ、遠方までいかなければ飢餓を解決することはできないからか。
もしかしたら、国へ入ったら食人鬼がほとんど外出中、ということもあり得る。外敵の心配をしてなさそうな食人鬼たちだ……、国を開けていてもおかしくはなかった。
食人鬼とすれ違う。
他と同じく、俺たちを一瞥こそするものの、襲ってはこない――が。
「え?」
俺は咄嗟に立ち上がり、ハッピーの肩を叩く。
横から「わぷ!?」と倒れたモナンの声が聞こえたが、それどころではない。
「止めろっ、ハッピー!!」
疑問を持たずに止めてくれたハッピーには感謝だ。
「どうした?」という質問には答えず、俺は扉を飛び越え、すれ違った食人鬼の元へ。
「トンマくん!?」
後ろで扉を閉める音。恐らく、委員長が追いかけてきてくれているのだろう……。食人鬼にわざわざ近づく俺を心配してくれているのだ。
危険はない、とは言えだ、逆の立場であれば、俺も委員長を追いかけただろうしな。だからくるなとは言わない。
「…………、やっぱり……」
「と、トンマ、くん……一体、どうした……の……?」
目の前には灰被りの食人鬼だ。今まで見てきた食人鬼と同じく――。
しかし、見た目こそ同じでも、彼(彼女?)の目は違う。
灰が被って見えないはずの瞳からは、俺を止めるほどの訴えがあって――。
俺は、ドットが元々持っていた小さなナイフを使い、食人鬼の固まってしまった灰に切り口を入れる。指を突っ込み、唇を裂くように灰を落とし……――これで喋れるはずだ。
「あんた……日本人だろ」
聞くと、食人鬼の目が見開かれた。
「っ、はい! そういうあなたも……でも、日本人には……?」
見えない。そりゃそうだ。
今の俺はドットであり、少なくとも日本人には見えないのだから。
そういうあんたも、灰被りなので正確なところは分からないが、日本人どころか人間にも見えないけどな。
「トンマくんの知り合い?」
「いいや、たぶん違うと思う。でも、元の世界の人だよ……食人鬼の中身って感じではないし……」
そう、恐らくは。
「食人鬼の中身と入れ替わった、俺たちの世界の魂が、この人なんだ」
つまり俺たちと同じ。
魂が入れ替わった相手が食人鬼というだけで。
「え、あの、どういうことですか……?」
「ひとまず連れていこう。ここで置いてきぼりは可哀そうだ」
灰被りで目元が覆われているが、薄っすらとは見えているらしい……、と、彼女が教えてくれた。
俺からも見えているから、目が良いからではないのだろう。
食人鬼の中にいるのは女性だった。
口調から大人っぽいとは思っていたが……。会社員の
彼女を連れて車まで戻ってきた時、ハッピーは目を点にして、モナンは怯えていたが、説明すると二人とも受け入れてくれた。
今更、信じられないと言う二人ではない。
耐性さえつけてしまえば、後はどれだけ荒唐無稽でも信用してしまうのではないか。
俺を挟んで、モナンと水城さんが後部座席に座る。……やはり違和感が凄いな。
食人鬼……、中身が水城さんだと分かっていても、ビジュアルで怖い……。
「ごめんなさい……私、自分の見た目がよく分かってなくて……」
「仕方ないよ、鏡もないし――」
「あるじゃん、ほら」
と、ハッピー。
ああ、そっか、車にサイドミラーもバックミラーもあるから……確認はできるのか。
水城さんが鏡を確認する。
自分の姿だけど、やっぱり水城さんもびっくりしたようで、息を詰まらせていた。
「……子供には見せるべきでない見た目ですね」
灰被りのおかげでマイルドになっている場合もある。灰を落とせば、もっとグロテスクなものが出てくる可能性もあるから……、今の姿に俺たちが慣れるしかない。
「水城さん、さっき説明しましたけど……」
「はい、とりあえず、信じます」
とりあえず。まあ、いきなりあんな話を信じられる方が異常か。彼女の場合、まだ高性能なVR世界かもしれない、という可能性が残っている状態だ。
俺たちも、とりあえずで信用してくれるならそれで構わない。VR世界だと思ってくれていた方が、パニックにならないと言うのであればそっちの方が助かるしな。
「じゃあ――こっちで目を覚ます前、なにをしていたか覚えていますか?」
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