3章
第27話 トンマ・オリジナル
半壊していても天井もあり壁もある。場所を選べば、雨風を凌げる建物だ。
俺たちはかつて城だった、国のランドマークに足を運び、汚れてはいてもまだ原形を留めている大きなテーブルを挟んで、ぼろい椅子に座って一息をつく。
もう隠れる必要もない。
すぐ傍を歩く食人鬼は、俺たちを一瞥するだけで襲ってはこないのだから。
「アタシが知ってるトンマは、トンマじゃない? ……分身だ、って言われてもな……『はいそうですか』と信じられると思うか?」
「でも、
「さっきから気になってたけど、おまえ、やっぱりモナンか……。違和感がすげえあるな。あっちじゃアタシにびくびく怯えていたけど、こっちでは自信がついたみたいだな……――その身長のおかげか? 入れ替わった先の体がアタシより大きいからって、おまえがアタシより優位に立ったわけじゃあねえぞ?」
腕組みをしたハッピー(見た目はターミナルだが……一応だ)に見つめられ、モナンが怯えて俺の腕を掴む……。
入れ替わったことで視点が変わっても、やはり力関係までは変わらないか。
「先輩ぃ、葉ぁ先輩が怖いですぅ……」
「てめっ、どさくさに紛れてッッ!!」
「――はいはい、葉原さん、相手はいっこ下の後輩なんだから、葉原さんが我慢しないとダメだよ? お姉ちゃんでしょ?」
「アタシはあいつの姉になった覚えはない!!」
これはモナンが上手いな。
覆せない力関係を利用して、弱者を演じ(?)、委員長という味方をつけた。
対抗するより、委員長を挟んでハッピーを押さえ込んだ方がコストが低いと踏んだのだろう。
もしかしたら最初の挑発も、この状況を見越していたのかもしれない。
「ハッピーとモナンは、あっちの世界では面識があったのか?」
「はい。トンマ先輩に挨拶にいったら、……あの人に絡まれていたのでそこで少し……喧嘩になりました」
「おまえが無遠慮に話しかけてきたからだろ。分身、の話が本当なら……アタシが話していたトンマは、アタシのトンマだろ?」
お前のトンマではないけどな……、いや、分身次第か。
俺ではない『彼』がそれを了承していれば、間違いなく『アタシのトンマ』ではあるのだが。
「……つまり、仲は良くないのか」
見ていれば分かるけど、誤解が生んだ犬猿の仲であれば、話し合いで解決できると思う。
ただ、本能的に仲良くなるのが無理なら、無理やり近づけさせるのは俺の自己満足か……。
苦手なら仕方ない。
「いや……、……別に嫌いじゃねえけどよお……」
「はい、あたしも葉ぁ先輩のことは、嫌いってほどではないです。ちょっと邪魔かなー、くらいで」
それは嫌いなのでは?
「アタシも似たようなもんだが、トンマが複数いるなら、取り合うこともねえだろ。それが分かれば、こいつを目の仇にする理由もねえわけだし」
「なんでお前らは二人とも、『俺』にこだわるんだよ……」
「えぇ……? 人を不登校から引っ張り出しておいて……?」
「おまえ、不良共にリンチにされながらもアタシのことを助けたんだぞ……? 嫌でも記憶に残る関わり方をしておいて、その言い分はねえだろ」
モナンと俺(分身)の『これまで』は聞いたが、ハッピーの方は初耳だ。
俺の分身っ、今度はなにをしでかした!
あんまりオリジナルの俺よりもすごいことをするんじゃねえよ……。こっちはなにをすれば追いつけるんだ!!
終いには、オリジナルが一番いらないと言われそうだ……。
「私は今のトンマくんが一番好きですよ」
「そりゃあ、委員長は俺の分身になにもされてないし……」
昔からの積み重ねがある分、オリジナルの俺を選ぶのは当たり前だ。
「(っ、ほらやっぱりっ、七月先輩は蚊帳の外かと思えば、気づけばあたしたちよりも前にいて手を伸ばしているんですからぁっ!!)」
「……分身とおまえが別人って分かっても、見ていて気持ちの良いものじゃねえな……。型番が違うおもちゃでも、隣で遊ばれてるとアタシのものを使われてると勘違いする……。そりゃ気持ち良く見れたもんじゃないだろ」
おもちゃで例えたところは気になるが――ともかく。
勘違いするな。
モナンとハッピーの感謝=好意は、分身へ向けられたものだ。
見た目が一緒だから、今は漏れた感情が俺に向けられているが、本来これを受け取るべきは分身である。受け取った分はきちんと返す義務があるのだ。
二人の話を聞いていると、分身の俺は、あっちで楽しくやっているらしい……。
ただ、家族にどう説明しているのかは気になるな……。
委員長もこっちにきているし、入れ替わっているのだから、向こうにはドットやテトラがいるわけで……。リノスと連携して上手く誤魔化せていればいいけれど。
あっちもあっちで、まず状況を受け入れなければいけないから大変だ。
「……モナンも、ハッピーも、俺はお前たちを助けた本人じゃない。その好意が迷惑ってわけじゃないけど、そういうのは分身に残しておけって」
「そのつもりだったんだが、気になることがあってな」
と、ハッピー。
彼女が考えていた可能性は、彼女らしくない――少し頭を使ったものだった。
……失礼な言い分になってしまうが、やはり口調や性格から、脳みそまで筋肉だと思ってしまったのだ……。
そしてハッピーが気づいた可能性にはもちろん、モナンも早々に気づいていたらしい。
「分身がなにかの拍子で消えた場合、その経験は消えるのか? オリジナルであるおまえに、届くんじゃないのか? 分からねえけど……」
それは、言われてみれば…………その可能性が高い。
分身が消えて、得た経験がそこで霧散するのではなく、俺に届く。
経験、記憶……、つまりハッピーとモナンと過ごした日々だ。
重なっていた人生のそれぞれが一つに統合され、複数の線の経験が、オリジナルの俺に集中するのだとすれば――。
こうして入れ替わった俺の記憶と、モナンを引っ張り出した分身の記憶……。ハッピーを救い出した分身の記憶……――全てが俺に詰め込まれるのだ。
分身が消えて俺に統合された場合、命の恩人とまで思っているハッピーとモナンは、やはり今の俺を『恩人として見る』わけで……。
すぐ隣に競争相手がいる以上、分身が消えてからでは遅いのだ。
だから今の内に、手中に収めようとしている……? 分身が消えなければ俺に構う必要はないわけだけど、分身である以上、一生、傍にいるという証明はない。
万が一に備えて、今の俺に焦点を当てることは、二人の中では最善の答えなのだ。
抜け駆けされる可能性があるのだから、指を咥えて待っていることもできないわけで――。
二人に取り合いをやめるように言っても、止まらないだろうなあ……。
境遇を聞いてしまえば、二人が抱く止まりたくない気持ちも分かる。
横から取られる可能性が見えていながら、立ち止まっているのは難しい。
「…………まあ、いいか」
好きにやらせよう。
仮に統合された場合、どの記憶が最も優先されるのか、俺が一番、よく分かるだろうし。
その時になって、感情に従って行動すればいいだけだ。
「……自信があるみたいですね、先輩?」
「自信? なんの、」
「あたしたちが距離を詰めても惑わされない自信ですっ」
「だって……俺はお前たちに愛着ないし。見た目は確かに美人だけど、それだけでほいほいついていくほど俺だって軽いわけじゃない」
「へえ……、宣戦布告してんのか?」
「どうしてそうなる……」
「あの、トンマくん? 女の子を相手に『可愛いけどなんとも思わない』って言えば、宣戦布告しているようなものだよ?」
委員長に指摘されれば、確かにそうかもしれない。
でも、本音だ。見た目だけを言えば、委員長とアキバの方が……。
もちろん、愛着という補正がかかっているのはあるが。
あと、そういうこと、ハッピーでも気にするんだな……。
それとも、俺の分身に意識させられたとか?
喧嘩ばかりの不良少女がドレスを着たりすると、かなりの威力が出るものだ。
「――とにかく、好きにすればいいけど、今は元の世界に戻ることが優先だ。『恩人』のために唾をつけておくことに集中して、大事なところでミスをされても困る。タイミングは考えてくれよ?」
二人は頷いた。
タイミングさえ合えば、あの手この手で俺を誘惑してくるのだろうけど……いらない心配か。
さてと、あらためて言い聞かせる――勘違いするな。
俺が受け取っていいものではない。
他人の功績を、奪うような真似は絶対にするな――。
それが胸にある以上、俺が二人になびくことはない。
絶対に。
……罪悪感は、欲を殺してくれるのだから。
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