第26話 集合

 そして、俺は彼女のことを知らないし、責任を取らなければいけないようなことをした覚えもない。忘れているだけならいいが(良くはないが)、最初から記憶になければ、これはモナンと同じパターンだ……。


 俺の分身は、二人――元の世界にいる。

 片方がモナン、もう片方が彼女・ハッピーと親交を深めていたのだとすれば――。

 俺はモナン同様、ハッピーとの思い出も、一切ないことになる。


「まあいいや。それは後でじっくりと……だな。ところでトンマ、ここはどこで、周りのこいつらはなんだ? そしてこれはどういうことなんだ? 説明してくれるよな?」


 肩に腕を回され、ぐっと距離が近づく……、彼女の吐息が頬に当たる距離である。

 元の世界でもこの距離感なのだろうか……。あと聞きにくいが、女の子、だよな……?

 接し方とか口調は、男子でもあり得るんだよな……。

 しかし、「もしかして男?」とは聞けない。名前を聞いた後だと、尚更。

 彼女が女の子なら、マジでぶん殴られる気がする……。


「――先輩っ!!」

「待って、南子ちゃん!」


 棒立ちの食人鬼の間から、モナンと委員長が顔を出した。

 やはり、食人鬼たちは目を向けるが、襲ったりはしない……。

 襲われないのが俺だけの特権ではないようで、安心した。


「南子ちゃん……? もしかして、モナン? おい、いま南子ちゃんって呼んだよな?」


 ターミナルの鋭い視線に、委員長が一瞬だけ怯え、


「――あ、もしかして、葉原さん?」

「ん? 委員長、知ってるのか?」

「うん、隣のクラスの――。そっか、こっちのトンマくんは面識がないんだよね――南子ちゃんと同じく、分身くんが仲良くなった女の子だよ」


 女の子か……いや、なんとなく分かっていたけど。

 そして隣のクラスとなれば、積極的に交流をしなければ接点もないだろう。

 葉原、緋色……聞いたことがあるような……?


「南子ちゃんとは違うけど、彼女も不登校だったの……不登校というか、不良生徒だね」

「そんな生徒と、どうして俺の分身は接触したんだよ……」

「は? おまえが付きまとってきたからだろうが……っ。――気になることがたくさんあるな、分身? おまえは、アタシが知ってるトンマじゃねえのか?」


 肩に回されていた腕が、俺の頭をぎゅっと抱き寄せ……――ぅぐぎ!?

 気づけばヘッドロックになってる!!


「洗いざらい吐いてもらうからな、トンマぁ!!」

「葉原さん、私が説明するから……トンマくんを離してあげて」

「いやだね」


 彼女――ハッピーは、俺のことをがっしりと掴んで離さない。


「こいつが色々な女に手を出してることは知ってるんだ……、手ぇ離したら、二度と戻ってこない気がする……。特におまえだよ、七月」

「私? 大丈夫、トンマくんのこと、取ったりしないから」

「おまえが取るんじゃない、こいつがおまえを選ぶなら、結果は同じだろ」

「ですよね。七月先輩って、蚊帳の外のようでいて、一番近い懐に潜り込んでいますし」


 モナンが、すっとハッピー側へ。

 なぜか委員長と向き合うような構図になっている。


「二人とも、考え過ぎだよ」

「どうだかな(ですかね)」

「あと、二人とも忘れてると思うけど、トンマくんから聞いてないの? 京子ちゃん……トンマ(分身)くんは『アキバ』って呼んでると思うけど」


『…………』


 二人は顔を見合わせ、思い当たる節が互いにあるようだ。


「警戒するなら、私よりもそっちじゃないの?」


 視線が衝突し、火花が散っていたと思えば、委員長のおかげで空気が弛緩した。

 固定されていたヘッドロックが弱くなり、隙をついて俺は抜け出すことに成功――。


「いてて、」と痛む首を手で揉んでいると、ハッピーとモナンが、俺を見つめていた。


「…………な、なんだよ?」

『確かに、よく名前が出る(ます)よな(ね)……「アキバ」』

「どういう感情かはともかく、トンマくんの一番はその子だから――」


 委員長が油を注いでいるような気がするけど……。

 あと、色々と『前提』の上で話しているのが気になるな。

 委員長が知っていることが、俺の本音ってわけじゃないからな?


 ぱんっ! と委員長が手を叩き、変な風に体に力が入っていたが、その音をきっかけにそれが解けた――荷が一瞬で、全て落ちた感覚だ。


「葉原さんのために、事情を説明しよっか。私たち全員が入れ替わっちゃったから、こっちの世界のことをよく知る人がいなくなっちゃったわけだし」


 ――そう言えば、そうだ。

 最後の砦であったターミナルが入れ替わったとなれば、異世界の案内役がいなくなったということであり……、今後、どうする?

 もう引き返せない。


 このまま食人鬼の国まで突き進むしかないわけで……――でも、それでいいのか。

 というか、俺たちだからこそ、ノーリスクでいけるのでは?

 だって俺たちは、食人鬼に襲われないのだから。


「……襲われない……なら、」


 敵陣のど真ん中であろうとも、襲われないのであれば、優雅に座ることもできるのだ――たとえば玉座。

 王になることも、可能かもしれない。


 あの天才アキバなら、意図的でも、そうでなくとも、流れに任せているだけで王になれる。

 あいつがなにをしなくとも、周りが勝手に持ち上げてくれる――。

 それは食人鬼であろうと、例外ではない。

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