第25話 最後の一人
不満顔のモナンを委員長に任せ、俺は食人鬼の背中を追いかける。
途中、合流するように別の食人鬼が姿を見せ、その瞬間はゾッとしたものの、やはり襲ってはこなかった――。
俺のことが見えていないわけではないのだ。
見えていながら、襲ってこないのは……、食人鬼にとって、俺たちは食糧ではない。
俺たちの感覚で言えば――派手な色をした生き物を迂闊に触れない、みたいな得体の知れなさがあるのかもしれない。
つまり。
異世界の魂が入っている肉体は、食人鬼にとっては食糧にはならない。
……この世界の住人であるターミナルだけが襲われているのも、そういう理由であれば納得だ。
「…………静かだ」
ターミナルも息を潜めているのか……?
俺たちが遠く離れたのを確認して、次は自分の身の安全を確保するため、逃げに徹した……ターミナルならそうするだろう。
そして、安全な場所で合流をする。
それが、即席だが、描いたシナリオだったはずだ――だからこの静寂は予定通りである。
なのに。
この胸騒ぎは、なんだ?
俺は襲われない……、それは確認できている……――なら。
大声を発しても、構わないはずだ。
「ターミナルッッ!!」
食人鬼が反応するも、進行方向は変えない。
一体、二体、と増えていく食人鬼たちが向く方角は、みな同じだ。
目的のものがそこにあるかのように、全員が同じ方角へ目指しており――。
食人鬼たちの間を抜けながら、満員電車さながらの密集度の中を突き進み、狭い空間を抜ける。
――ぽんっ、と出た場所には、瓦礫に背を預け、怪我を負ったターミナルの姿があり……。
ブーツは砕けている。
機動力を失った彼女は、食人鬼に襲われていた……?
「ターミナルッッ!?!?」
彼女に近づく食人鬼を横から蹴り飛ばし、彼女に駆け寄る。
敵意に対して、さすがに敵意で返してくると思いきや、蹴られた食人鬼も、俺を襲うことはなかった。
……テトラ、ルルウォン、ターミナルといた時、俺も同様に食人鬼に襲われていたが、あれは俺以外を襲っていたのだ。
だから、俺は危険の渦中にはいても、俺個人は一切の危険がなかった……。
『入れ替わり』によって、チームの半数が異世界の魂になったからこそ、ターミナルが集中的に狙われるという『差』が見えるようになったのだ。
「……、ぅ、あ……」
「ターミナルっ!? 良かった、意識が――」
――いや、待て。
ターミナルがこうもあからさまに、「食べてどうぞ」と言わんばかりに倒れているのに、周囲の食人鬼は、なぜ襲わないんだ?
お互いに遠慮している……?
食人鬼同士の意思疎通は、俺には分からないから、なんとも言えないが――。
飢餓にがまんできなくなったどれか一体が飛びかかっていてもおかしくはない……けど。
全員が一歩、引いている。
まるで、触らぬ方がいいと、危険を察したように。
…………もしかして?
ターミナル、までもが……?
「――あん? おまえ、誰だよ」
……入れ替わっている。
異世界の魂だからこそ、食人鬼たちは手をつけなかったのだ。
「おい、誰だって聞いてんだけどさあ……、アタシの敵なら殴るぞ、いいのか?」
「う、いや待て、俺は――」
見た目がターミナルだから、迫力があるな……。ドットへの忠誠心のおかげで鳴りを潜めていた、彼女の好戦的な部分が表面に出てきている。
彼女が味方で良かったと、心底そう思うな。
これからもそうだとは言えないけれど……大事なのはここだ。
モナンの前例がある。ここは、見た目は俺でなくとも、『トンマ』と名乗るべきだろう……。
委員長のように知り合いかもしれないし。
「……トンマ、だ」
「おい、嘘ついてんじゃねえよ、どっからどう見てもトンマじゃねえだろ」
「…………トンマが誰なのかは、分かってるんだな?」
誰だそれ、と言われたら打つ手がないようなものだったが、知っているなら話しやすい。
ひとまず、ターミナルの中にいる誰かに、自分の姿を確認させないとな――。
だけど鏡が都合よくあるわけじゃ……――あった。
廃墟だったのが幸いした。半壊している建物の中に落ちていた手鏡――ただし割れているが、化粧をするわけではない、充分だ――を渡す。
「これで自分の姿を見てみろ。それがあんたの、本当の姿なのか?」
訝しむターミナル。
彼女が手鏡を受け取り、自分の姿を見ると。
「……どうなってんだ……誰だよ、こいつは……」
「今のあんたがその姿なんだよ。そんで、あらためて言うが、俺はトンマだ――見た目はこんなんだけどな」
「……おまえ、本当にトンマなのか……?」
ターミナルの手が伸び、俺の顔や体をぺたぺたと触るが……、だから体は別人なんだから、触っても分からないだろ。
確認するべきは触り心地ではない。お互いの名前だ。
「俺はトンマ、あんたは…………誰だ?」
「アタシはハッピー……って、なんだその顔は。このあだ名を付けたのはお前だろうが。――じゃあ本名でいいよ、
「……逃げる? なにから――」
「責任」
嫌なワードだった。
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