第24話 ノーターゲット
船の上で新調(修理?)したブーツ型のトレジャーアイテム――。
ターミナルは、カッ、と踵を地面に打ち付け、火花を散らせるようにアイテムを起動させる。
元から身軽なターミナルだが、トレジャーアイテムによって、それがさらに、機動力を上げている。
跳躍、そして浮遊……。
自由に空中を飛び回り、周囲の食人鬼たちを蹴り飛ばしていく。
集まっていた食人鬼が、次々とダーツの矢のように遠くへ飛んでいく。
飛ばされてもまたすぐに戻ってくるとは言え、これでも少しの時間稼ぎにはなるだろう。
「マスターッ、今の内に、早く遠くへッ!!」
久しぶりに俺をマスターと呼んだのは、ターミナルも考えている余裕があるわけではないからだろう。
名前を間違えるくらい、必死になって作ってくれた隙だ。
これを棒に振るのは、ターミナルの頑張りを無下にすることだ。
多くの食人鬼の意識が上へ向いている隙に、俺たちは食人鬼の輪以上に、廃墟から抜け出そうと全速力で走る。
目的地への方角はこっちで合ってるよな……? と不安になったが、方向など後で修正すればいいだけの話だ。今は脅威から逃げることが先決。
しばらく走り、食人鬼が追ってきていないことを確認して、大きな建物……城か? の陰で息を整える。
元だが、国なのだから城も当然あるか……。
もちろん、他と変わらず半壊しており、城としての機能は失われていたが。
城まできたなら、国の中枢、もしくは端に近いところまでは走ってこられたことになる。
食人鬼の影もなく……、全員がターミナルの方へ向かったのか?
だとしたら、廃墟の外でターミナルと合流をすれば、危機は去ったも同然だ。
「――っ、はあっ。ふ、二人とも、怪我とかしてないか?」
「だいじょうぶ、だけど……はぁ、はぁ……、急に、全力で走ったから、体力が……っ」
委員長が顔を青くしていた。
テトラの体なのに、と言っても、慣れた体でなければ普段よりも体力を使うのかもしれない。
俺はもう、ドットの体で慣れてしまったから、違和感もないようなものだが。
「日頃から運動してないからだろ…………となると、モナンもだよな?」
不登校だったなら当然、運動どころか外を出歩いてすらいないだろう。
家の中で筋トレをしているタイプではないだろうし――。
と思えば、委員長よりは息が上がっていないし、膝に手を着いて息を整えているわけでもなかった。「……ふう」と額の汗を手の甲で拭うほどには、さすがに疲れているらしいが……。
不登校だった、にしては、まだ余裕そうだ。日頃から運動でもしていたのか?
「へえ、意外だな……ルームランナーでも家にあるのか?」
「ふえ? はあ、それはありますけど……、使ってませんよ。あたしの場合は体を動かすゲームで体型を維持しているだけです。不登校で引きこもりも、それだけだとストレスが溜まるんですよ? 家でぐーたらしているだけじゃあ、鬱病になりますって」
実際に不登校だった生徒の意見には説得力があるな。
長過ぎる連休は、逆に『より疲れる』って経験がある。
適度に『やるべきこと』が積まれていた方が、体も心も休まるものだ。
もしかして夏休みの膨大な数の宿題は、子供が鬱病にならないための配慮だったりして……。
まあ、ないか。当時は考えもしなかった可能性だ。
成長した今だからこそ、『かもしれない』と思っただけで――。
あの宿題の多さに、勝手に理由を付けているだけだ。
当時は当然、宿題なんてなければいいと思っていたし。
「そういう先輩だって、運動部じゃないですし……でも体力には自信があるんですね」
「運動部でなくとも日頃から運動しているようなものだったからな……自然と鍛えられたんだ」
切羽詰まった状況が多かった。昔は頭で考えるよりも体を動かす方が早かったから……、下手な運動部よりは動いていたんじゃないか?
アキバの無茶ぶりで働かされたこともあったからな……、というかほとんどがそうか。
食人鬼ではないけれど、こうして追いかけられる状況は、今が初めてではない。
慣れるべきではないのに、慣れてしまっている――。
「先輩らしいですね」
「そうか? 俺らしいってなん――」
その時だった。
モナンの背後。物陰から、ぬう、と音も無く出てきたのは――食人鬼だった。
灰被りで、顔が灰で覆われた、成人男性サイズの食人鬼が、俺たちを認識して…………しているはず、だよな……?
咄嗟にモナンを抱き寄せる。
隠れる暇もなく遭遇してしまったので、目の前で堂々と息を潜める。
意味があるとは思えなかったが、果たして――――、意味は、あったのだ。
食人鬼は俺たちに興味を示さず、徘徊を再開させた。
目の前にとびきり大きな食糧があるのに、どうして襲ってこない……?
好みじゃない、なんて選り好みをしている余裕があるとは思えない……けど、個体差があると言われれば納得できてしまう。
活動が、昼夜逆転している個体がいるように、最小の食事でいいと思う個体だっていてもいい――とは思うけれど。
「…………? あの食人鬼を追いかけてみるか」
徘徊に戻った食人鬼が向かった先は、ターミナルが暴れていた方角だ。
俺たちに興味を示さなかったが、ターミナルには引き寄せられている……。
食事にまったく興味がない、わけではないようだ。
ターミナルが、好みの味……? 匂いで判断していたりするのだろうか。
「モナンと委員長は、ここで待っててくれ……気になることがある。あと、ターミナルの様子も見てくるから」
「さ、三人でいきますよっ!」
「いや……たぶん、危険はなさそうな気がする……」
俺の中では、正解に近い予想があり、その確認のために戻る、という狙いがある。
三人で向かうのは……。
もしも間違っていた場合は、振り出しに戻るだけだ……それはターミナルに悪い。
「トンマくん……もしかして、私たちは――」
「たぶん。かもしれないな」
委員長も思い至ったのだろう……それが事実だとすれば。
俺たちは、ターミナルの重荷にはならない。
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