第19話 モナン、とうじょう

 周りからの視線は相変わらず突き刺さるものの――客室へ閉じこもってしまえばなにも問題はない。

 さすがに、客室を狙って嫌がらせをしてくる人はいなかったし……――それとも俺の知らない間に、ターミナルが処理してくれたのだろうか。

 ……そういうこと、ターミナルは言わないからなあ……。

 俺の知らぬ間に、問題を先んじて解決してくれている。


 側近としては優秀だが、あまりドットを甘やかしていると後で困ることになるぞ?

 そんな危惧も、入れ替わりが元に戻らなければ意味がないわけだからな――。

 ともかく、今日は出発日である。


 ハチミツ姫の前でターミナルが(咄嗟に?)言ってしまったものだから、あと数日、情報を集めよう、とはならなかった。

 待ったところで情報が増える可能性は少ないだろうし、増えた情報も今ある情報も差はない。

 結局、その場で見たものが最も信用できる情報とも言える。

 逐一、掲示板を更新してくれている人には悪いけどな……。

 嘘が混ざっていても、こっちは分からないわけだし。


 薄っすらと聞こえていた話し声で起床した……、ルルウォンとターミナルの声だ。

 俺たちは四人で一つのチームで、ギルドだ……。

 他にも多数の独立したギルドがあるし、ギルドでない人々もいる。

 部屋は知り合いで固められており、俺が「男女別で!」と注文したところで通るわけがない。


 ルルウォンとターミナルは一緒の部屋であることに疑問を持っていないようだが……(この世界の基準? それとも、そんな感情は既に越えているのだろうか――……そうでなければ男女で旅なんてできないか)、しかし、入れ替わった俺と委員長には抵抗があった。

 見た目こそ、ドットとテトラとは言え……。

 魂だけである、とは言っても、真横に委員長が寝ているなんて状況、これまで一度もなかったわけだし……。


 バスの座席で、眠った委員長が肩に寄りかかってくる、なんて密着はあったわけだけど、昨日のような、寝息がかかる距離で、なんて、まともに眠れるわけがなかった。

 そのため、出発日でありながら、起床はゆっくりだった。

 それは俺だけではなかったようで、委員長も目の下に深い隈を作っていた。

 確かに夜遅くまで、お互いに変な緊張感があったもんな……。


「トンマくん……」

「ああ、おはよう、委員長」

「うん、おはよう……。起きたらトンマくんがいるのって、なんだか変」

「まあ、修学旅行でも男女は別の部屋だから、隣にいるわけないしな……」


 俺たちだけの世界で、しーん、と静寂が数秒の間を埋めて――。



「起きたばかりのところ悪いが、ちょっといいか、二人とも」



 と、ターミナル。

 これをチャンスと受け取り、俺たち二人は『なに!?』といつも以上に大きな声で聞いてしまった。


「うおっ!? な、なんだ……? 随分と前のめりだな……まあ、聞く体勢が整っているならいいが」


 今後の予定でも伝えてくれるのだろう、と思っていた俺たちは、ふう、と息を吐いてから落ち着きを取り戻したものの、次に言われた一言に、再び戸惑うことになる。

 そう言えば、ルルウォンが静かだな、と思えば、まさにそれこそが、前兆だったわけだ――。


 ……『三人目』が、やってきた。


「ルルウォンが入れ替わってる。たぶん、お前たちの知り合いだろう?」


 親指で後ろを指差すターミナルだが、体の大きなルルウォンの姿はそこにはなく。

 ……気づけば俺と委員長が座っているベッドの上に膝を乗せていて――。


「よいしょ」

「ルル――」ウォン、じゃないんだったな。


 入れ替わった相手が、今のルルウォンということになるが…………誰だ?

 奇跡的に、委員長と俺はこっちの世界で合流できたが、必ずしも俺たちの知り合いが入れ替わっているわけではない気がする……。

 膝を乗せ、そのままベッドの上に乗り込んできたこの子が(女子とも限らない)、俺の知り合いである可能性は、ほとんど少ないのではないか。

 だが、ターミナルは言っていた……「お前たちの知り合いだろう?」――と。

 俺たちが目を覚ます前に、一通り、事情聴取を終えているのであれば…………。

 やっぱり知り合い、なのか?


 見た目がルルウォンなのだから、情報は今のところゼロである……、……マジで誰だ?


「トンマ、先輩……?」

「え、ああ、うん……俺はトンマだけど――」

「! やっぱり! 良かったですぅっ! ひとりぼっちだと思えば、すぐ近くに先輩がいてくれて!!」


 飛びついてくるルルウォン(……ではないのだけど)に押し倒される。体格差があるので、押しのけることもできず、されるがままに彼女に抱きしめられてしまう……。

 ルルウォンの胸に顔が埋まってしまい、息ができない……。

 ――羨ましいシチュエーション?

 バカ言うな、切羽詰まってるとやましい考えなんて起きるわけないだろ!!


「い、いんちょ……助け、」

「委員長? ああ、そっちの人は――七月先輩なんですね」


 こんちは! と敬礼をするルルウォン。

 その仕草に、委員長はぴんときたようだ。


「あ、そのポーズと挨拶は……あなた、南子なんこちゃん?」

「はいっ、毛利もうり南子、トンマ先輩からは『モナン』と呼ばれています!」


 し、知らない! 俺はこの子のことなんか知らないぞ!?

 モナン、なんて特徴的な名前なら覚えているはずだけど、記憶にまったくない……――アキバの知り合いだったとしても、俺と面識がなければこうして飛びつくこともないはずだ。


 それとも、事前の情報だけでここまで懐いている……、わけないか。

 俺の知らないところで、俺と関わり合いがあったのか……?


「うぐ……」


 そろそろ息が続かない。

 ルルウォン……じゃなくて、モナンだったか?

 彼女の背中をタップし、限界を知らせる。


「あ、ごめんなさい、先輩。小っちゃい先輩が可愛くて、思わず抱きしめちゃいました」


 反省する素振りなく、にへらー、というにやけ顔を見せたまま、俺を解放してくれる……。

 入れ替わりに最も違和感がない。

 だって、ルルウォンのままだったとしても、普通にこういうこと、してきそうだもん。

 とりあえず、距離を取る――。


 彼女には悪いけど、近くにいたらすぐに壊されそうだ。

 元の世界ではなんてことないコミュニケーションなのだろうけど、今の俺たちはドットとルルウォンである……、強い腕力と脆い肉体では相性が悪い。

 さささ、とベッドを移動し、委員長の元へ避難する。

 すると、委員長が、こそ、と耳打ちしてきた。


「(トンマくんは知らないと思うよ、あの子は…………、トンマくんの『分身』と関わりがある子だから)」


「分身……? …………っ、あ!!」

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