第18話 ハチミツ姫と騎士

「ハチミツ姫」

「……なんですか、ドット」

「ターミナルが必要なら貸しますけど」

『!?』


 ターミナルとハチミツ姫、両者から睨まれている……、どういう意味なんだ?

 二人ともが、会うことを嫌がっているわけではないだろうし……。

 不満があるわけでも……、――あれ? ある?

 俺の推測が間違っているなら、ターミナルとハチミツ姫は、意外と不仲だったりするのか?


「それはできない、マスター……。儀式を経て、忠誠を誓ったんだ、おいそれとマスターを変えることはできない。それが側近の……騎士としての役目だ」

「それは、俺の命令でもか? 別に四六時中、べったりってわけでもないだろ? 場合によっては別行動をすることもあるわけだし……それの延長線上だと思えば……、違うのか?」


「相手が姫様だから、無理だ。以前のマスターだ……情が移る。今、忠誠を誓っているのはマスターなのに、かつてのマスターに近づけば、忠誠がぶれるだろう……。マスターは、私が離れて、戻ってこなくなってもいいのか?」


「今のマスター、以前のマスターか……、マスターマスターうるさいな……。俺の命令なんかなくても勝手に動いたらいいのに。時折、顔を出して仲良くしてくれれば、こっちは満足なんだけど……そうもいかないのがターミナルの立場なんだろうなあ……。まあ、そういうことなら分かったよ。無理を言うつもりはない」


「……私も、わがままを言ってすまない……」


 しゅん、と落ち込むターミナルの頭に手を伸ばし、そこで思い出した身長差に、すぐに手を引っ込める。

 今の俺はドットであり(そう言えば実年齢を知らないけど)子供だったのだと思い出す。

 気を抜くと『トンマ』のつもりで接してしまいそうになるな……。ターミナルがこの見た目でも年上かもしれないから、頭を撫でるのは違うのかもしれないが……。


「わたくしも必要ありませんわ。いちど離れた部下を借りるほど、人材に困っているわけではありませんし……。彼女に頼れば、今の部下に申し訳ありません。かつての部下の力を借りれば、今の部下の力不足を遠回しに指摘しているようなものですしね……。たとえ善意でも、受け取るわけにはいきませんよ」


「……いや、単に一緒に食事でもすれば? って思ったんだけど……」


 仕事で貸すわけではない。

 本当に救援が必要なら、貸すこともやぶさかではないけれど……。

 単純に、旧友同士、会う機会もそうないだろうから、親睦を深める機会を作ってあげようと思ってのことだったけど――。


 だとしても、今の側近からすれば、以前の側近と仲良くしているのは面白くはないのか……。

 側近である以上、ハチミツ姫の後ろに立っていなければいけない。

 対面に座ることができないのだから、かつて同じ立場だったターミナルが、姫様の対面に座るのは、嫉妬の対象になるかもしれない……。不要な敵意は、今はいらない。


 難しいものだ。

 立場が変わると、気軽に会って食事もできなくなるものなのか……。

 王や姫という立場は、不要な枷がついて回る。


「しょ、食事ですか……、それなら、」

「ダメですよ、姫様」


 ハチミツ姫の背後、ターミナルの後釜(……なのか?)の側近が顔を覗かせた。

 さっきからハチミツ姫の後ろにいたので気づいてはいたが、しかし、その存在感のなさに、気を抜いたら見失ってしまっていた。

 ターミナルと違って身に付けている鎧は多い。

 それでも見えている肌はまだ多い方だけど……顔は見えない。目元を覆う兜で隠れている。


「……少しくらい、いいでしょ、時間もないわけじゃ、」

「お忘れですか。ドット様とその一行は、評判が良くありません。爆弾魔を庇い、ターミナル様を姫様から奪い……、実情はどうあれ、周りからはそう思われています。そしてルルウォン――」


「あたし?」

「彼女も彼女で、軽犯罪の常習犯ですからね」

「なにそれっ、言いがかりだよ!!」


 ……賛同できない否定だった。

 ルルウォンのことだ、自覚なく人の迷惑になることをしている気がする……。


「言いがかり? 食い逃げ万引き、スリに不法侵入、細かいことを言い出せばきりがありませんけど? 確かに爆弾魔と比べれば小さな罪の積み重ねで危険性は低いかもしれませんが、その小さな罪を重ねた時の高さは、爆破一回分には相当するのではないですか?」


「は? 食い逃げ? 万引き? あと、スリと……不法侵入?」


 ルルウォンは首を傾げる。

 あれ? 入れ替わってる? と疑いたくなるほどに、純粋な目で「あたしはそんなことしてないよ」、と言わんばかりの態度だった。

 本当に忘れているのだろう……、演技ではできない返答だ。


「……覚えていないから無罪になる、とは思わないことですね……。食人鬼の王を討伐した暁には、戻った平和の中で絶対に償わせてあげますから」


 罪人を裁くには、今はそれどころではない――か。

 まあ、この状況じゃあ、そういう判断にもなるか……。爆弾魔であるテトラが今は許されているのも、そういう事情だったからか……――ああ、もしかして。

 ドットがテトラを庇ったのは、この状況を打破できる力を持っているから――。


 打算的ではある。けど、テトラからすれば、唯一、差し出された手であり、向けられる敵意の中の優しさだったわけで――ドットに懐くのも分かる。

 もちろん、ドットが打算だけで手を伸ばした、とは言い切れないわけだが……。


「えっと……うん! じゃあ、全部が無事に終わったら、また話を聞くよ!」


 と、ルルウォン。

 不都合を横へ流した感じだが、ここで追及しても仕方のないことではある。

 引き下がりたくなさそうな兜の少女だったが、この場は引くしかなかった。

 ルルウォンに促されたことに不満そうだったが……、気持ちは分かる。

 今はそれどころじゃないからまたあとでね、と、ルルウォンには言われたくなかった。


「下がりなさい」

「……はい、すみません、姫様」


 さっと一歩引いた兜の少女は――あれ? 消えた?

 違う……、意識していないと目で捉えることができないのだ。気配を消すのが上手いのか、それともトレジャーアイテムの効果だったりするのだろうか……?


「ギルドマスター、ドット」

「あ、はい」


 ハチミツ姫の、さっきまでとは違う形式的な言葉に気が引き締まった。

 背筋が伸びる。


「この拠点に戻ってきたのですから、今回の冒険で、探索し、判明した情報の更新をお願いします。見たところ、大きな負傷もしていないようですし、引き返す理由があったのでしょう?」


 ……理由は、ある。

 俺とドットの入れ替わり、なのだが、それを報告するわけにはいかない。

 しかし、掲示板に更新するような情報を、持ち帰ってはいないのだ。

 収穫はなし、と言える雰囲気ではない……が、どうする?

 口が開かない俺を見かねて、ターミナルが答えてくれた。


「ハチミツ姫様……、マスターに多少の記憶の欠落があるようで……、さきほど、冊子を見せたのは欠けた部分を補うためです。大したことはないかもしれませんが、体の内部のことです、大きな負傷に見えなくとも、念のため戻ってきました……。なので収穫は、ありません」


「記憶の欠落……? なんだ、わたくしの記憶喪失という指摘は、あながち間違いでもなかったわけですか」


 ……入れ替わりによって失った常識は、記憶喪失ということで誤魔化すつもりか。

 確かに、全てを隠すのではなく、少しだけ明かしてしまう方が疑われないだろう。多少の欠落であれば、専門家に調べられることもない……。

 そこからボロが出て、魂が別人だと見破られることもなく――。

 ターミナルの一手は、周りを納得させる説得力があった。


「なら、この冊子はお返しします。早く思い出すといいですね、記憶」


 差し出された冊子を受け取る。

 疑う視線だが、ハチミツ姫は俺のなにを疑っているのか、そこまでは分からなかった。

 ドットの別人格か、それとも記憶の欠落があるという部分か――。


「次回の探索は?」

「明日、出発しようと思います」


「そうですか。つい先ほど、安全ルートの更新がありましたので、確認しておいた方がよいでしょうね。食人鬼の国へは、長い道のりですから――」


 ハチミツ姫が、かつん、と靴を鳴らした。

 彼女だからこそ、その音には意味がある。

 立ち話は終わり、という合図なのだろう……、自然と、俺たちは道を開けていた。

 彼女が歩き出したらそうするべきだ、と本能が従ったように……反射的な動きだった。

 俺たちの前を通り過ぎていく。

 去り際、彼女がターミナルへ。


「変わりませんね、ターミナル」

「はい」

「わたくしを真っ直ぐ見つめる。後ろめたいことがあるからですか? ……ひひっ、あなたって、嘘をつく時は頑なに目を逸らしませんからねえ」

「……は、はいっ!?」


 動揺したターミナルが、顔どころか態度に出してしまっている……。

 姫様の前ではボロが出るなあ……仕方のないことか。


 それから。

 ターミナルを一瞥したハチミツ姫が、今度は俺を見る。


「記憶の欠落……、ふうん、まあ、『そういうことにしておきましょう』。今、忠誠心があなたに向いているとは言え、わたくしに嘘をつくなんて、初めてのことですから――大目に見ます。こんな状況でなければ探っているところですが、事情はなんでもいいです。とにかく、この食人鬼の支配を、なんとかするのが先決ですからね」


 目で言われた。

 期待していますよ、と。

 もしかしたら、彼女は気づいているのではないか?

 正体までは分からなくとも、俺が『ドットではない』――ということを。

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