第17話 小さなギルド

「――今更、そんな情報を復習したところで、なんの意味がありまして?」


 と、上から、冊子が奪い取られる。


 ――ちょっ、まだ見ていないページがあったのに……っ!


 急に現れた彼女は、上に掲げた冊子のページを目で追いながら。


「ふうん、食人鬼族の情報……ですか。こんなもの、知っていて当然でしょう、記憶喪失にでもなったのですか? そういう『フリ』をすることで、周りからの同情を引こうと言うのであれば、相変わらず狡い子供ですね、ドット――。あなたの場合、小手先のやり方は反感を買うだけです。そろそろ自覚した方がいいと思いますが」


 一瞬で分かった。

 人間の中でも立場が違う――銀色の少女。

 アキバと似たものを感じるな……。

 天才かどうかは分からないが、それでも異質であることは理解させられる。

 正面から堂々とぶん殴られたような衝撃を印象付けられたからな……。


 彼女は、白い肩が大きく露出している……日に焼けたことがない真っ白さだ。一回も甲板に出たことがない温室育ちか? ……少なくとも、彼女は王室育ちではあるのだろう。

 彼女を呼ぶ声は、みな「姫様!」――だからな。

 この船は国だと言った……なら、当然、お姫様もいるわけか。

 そう言えば、リノスも姫なんだっけ……? 食人鬼の王になる以前から、姫様ではあったのだ――なにかと姫様に縁がある。これは喜んでいいことか?


 世界を巻き込んだ危機の渦中だ……、さすがに姫様だからと言って綺麗なドレスに身を包んでいるわけではない。

 この状況で他よりも裕福な暮らしをしていれば、彼女が先に、大勢の鬱憤の標的になってしまっていただろう……――そういった危機管理はできているのか。


 レースのカーテンを腰に巻いたようなスカート――。

 自衛のためか、太ももに巻かれたホルダーにはナイフがあった。

 上半身は薄い生地のドレスの一部を、胴に巻きつけているように思えて……、節約の結果がこれなら、一応、姫様としての威厳は保てる見た目であった。

 防御力の全てを捨てた見た目だが、人の上に立つ衣服としては、まあ及第点だろう。

 周りを見ても飛び抜けていることが一発で分かる。

 彼女が王であることが、一目で分かるほどには。


「……あれ? ハチミツちゃんだっ、なにしてんの?」

「(おぉい!! ハチミツ姫と呼べとなんど言えば分かるんだ、ルルウォン!!)」


 ターミナルがルルウォンの首を絞めながら……、――ハチミツ姫?

 銀色のツインテールで、額を大きく見せた彼女のその見た目と言い、特徴的な名前と言い……、たぶん入れ替わってはいないが、しかし既視感があるのは――他人の空似だろう。

 だろうけど、それにしたって、似ているな……。


「え、蜂堂はちどうさん?」


 委員長が、思わず口からついて出たようで……、俺も同じことを思ったのだ。

 隣のクラスの蜂堂 光子みつこ……彼女に似ていると。


 さすがに俺たちが知る蜂堂光子は、綺麗な銀髪ではないが(金髪ではあるが……、海外の血が混ざっているのだ)……。

 仮に入れ替わっていたとしたなら、今の委員長の一言で察してはいるだろう……。

 なにかしらの接触はあるはずだ。

 今のところは、彼女も首を傾げているだけだったが。


「ハチドー? 惚けるのは、あなたに似合わず負い目があるから……ですか? ――ひひっ、そんなタマではないでしょーが。……はっ!? ――おほん、わたくしの名前はハチミツ姫でありましてよ?」


 テトラに対し、姫様らしからぬ態度が見えたが、爆弾魔としてのテトラと接触したことでもあるのだろうか。……なければ、こんな態度は取らないか。

 被害者、もしくはその関係者と見るべきだろう。

 一緒にいることで判明していく……テトラの敵が多過ぎる……っ。

 それを抱えるドットも、肝が据わってるよな……。


「お久しぶりですねえ、ドット――」

「え、俺も?」

「……あなた方、『ギルド』にお話をしているのですが?」


 ……ギルド?

 俺たちって、ギルドだったのか?


「(ギルドは『チーム』と思えばいい……、私とマスター、ルルウォンとテトラが、独立したギルドになる。このアクアもギルドだが……、私たちはそこから独立した小さなギルドということだ、それだけ分かっていればいい――)」


 すかさず、背後から耳打ちしてくれたターミナルのおかげで、違和感は残したものの、別人である、とまでは思われていなさそうだ。

 しかし、ハチミツ姫の顔がどんどんと不機嫌になっていく……。

 眉をひそめた顔がどんどんと俺を睨みつけるヤンキーのそれに変わっていき――。

 言葉遣いは取り繕えても、表情そっちは得意ではないようだ。


「楽しそうにお話するよねえ……っ。爆弾魔を抱え込んだ上に、わたくしの大切な『側近(騎士)』まで奪っておいて……ッッ」


 ハチミツ姫の視線がずれ、俺でもテトラでもなく、ターミナルへ向いた。


「……っ!? ひめ、さま……違くて、その……――ごめんなさいっ!!」


 あのターミナルが、怯えてルルウォンの背中に隠れた。

 ここで俺の背中に隠れなかったのは、火に油を注ぐことになると分かったからか……。

 単純に、一番近くにいた背中に隠れただけかもしれないが。


「……ドットー」


 ルルウォンが、にやぁ、と下卑た笑みを見せ、


「後ろのボス猫、差し出してもいい?」

「鬼かお前は」


 震える姿は子猫に見えるけど……。

 普段から叱られているルルウォンからすれば、変わらずボス猫なのか。

 少なくとも、自分よりは上だってことを認めているってこと……なのか?

 さすがに、弱っているターミナルを差し出すことはしなかった。

 まあ、フォローもしていなかったけれど。


「あっ……――もうっ!」


 聞こえたハチミツ姫の声は、怒りよりは、寂しさが感じられた。

 ……ターミナルが怯えるほど、ハチミツ姫はドットの元へ鞍替え(?)したことを怒っていないのかもしれない……。どちらかと言えば、こまめに連絡をしなかったことを不満に思っている……、そんな雰囲気だった。


 それを素直に言えば、ここまでこじれることはなかったのだろうけど……、ハチミツ姫はそれを素直に言えるタイプではない。

 この数秒のやり取りで分かった。姫という立場もさることながら、彼女の性格そのものが、『素直』とはかけ離れているのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る