第16話 基本情報
「あまり周りを刺激してくれるなよ、マスター」
「? してないけど……」
「それだ、くっつき過ぎだ。(中身が違うとは言え……)見ていて、私だって気持ちが良いものではないんだからな?」
「じゃあこうしよ」
と、ルルウォンが俺の空いている腕を掴み、ぐいっと引っ張る。
テトラから剥ぎ取られ、ルルウォンの両手の中に収まる俺。
一人になったテトラは、ルルウォンに背中を押されて、ターミナルの横へ。
「こうすれば不安になったりしないでしょ?」
「なんでマスターがそっちなんだ……、逆だろう!?」
「えー、だってドットの方がいいし」
「マスターの中身は…………、それでもマスターの見た目の方が良いか。共感してしまうから文句も言えん」
「あはは……、私、求められてない……」
ひとりぼっちの委員長が泣きそうだった。
「……ターミナル、悪いけど、委員ちょ――じゃなくて、テトラのフォローをしてくれ。嫌なら俺がフォローするからな……ルルウォンも、抱きしめてないで、離せ」
「ダメだよ、ドットはあたしの腕の中ー」
完全にガッチリとホールドされてしまい、逃げられなかった。
最終的には両足が浮いて、逃げられないどころか身動きも取れなくなってしまう。
「お、い……っ、ルルウォン!?」
「適度にこうしておかないと禁断症状が出るから……付き合って」
周囲のひそひそ声が止まない。
一連の流れを見られていたかと思うと顔が真っ赤になりそうだ……女の子に弄ばれている。
普段のドットは、これをどう処理していたのだろうか……。
――なんか、いつもと違う感じ……?
という声が聞こえて、今の俺たちは周りから見ても分かりやすく違うのか、とやっと自覚する。
違和感を持たれてしまっていた……。魂が入れ替わっていることを公開する気はまだないので(ターミナルを信用させるまでの手間を考えたら、この場の全員に理解させる手間をかけるのは避けたいところだ)、いつも通りにいきたいところだが――味を占めたルルウォンの暴走を止めるのは、俺には無理そうだ。
正体を明かさない……しかしどうだろう、委員長だけでもネタバラシをすれば……。
――テトラじゃないなら、と警戒を解いてくれる人もいれば、中身が違う内に『殺して』しまおうと考える者もいる。
……肉体を失った魂はどこへいく?
そのまま元の体に戻らず、この世界で消滅し――死ぬことは、最も避けるべきことだ。
安易に正体を明かすのはダメだ、見極める必要がある……。
まだだ……今、ここではない。
「もういいや……、ターミナル、どこに向かってるんだ?」
「情報屋だ。と言っても秘匿されたものを暴いた有料の情報ではない。誰もが自由に閲覧できる、現状の情報と言ったところだ。適宜、情報が更新されているからな……逐一確認した方がいい。食人鬼族の出現場所や安全地帯が開拓されていたりもするからな――まあ、限定のものではあるが」
食人鬼族の王・リノス――。
その中身はアキバだが、彼女を魔王とした場合、俺たちは勇者と言えばいいのか?
魔王を討つための情報が多く集まるのが、船でもあり国でもあるこの場であり――。
比較的、食人鬼がやってこない安全地帯である。
海の上は、食人鬼族にとっては苦手なところなのかもな。
そういうことも含め、詳しく分かるのが、情報屋なのだ。
「マスター、全部を読む気はない――時間を使い過ぎる。だから得るべき情報なら、私が選ぶ……というか、私が知っていることを調べる必要はない。とにかく、いま必要な情報は一つだろう? 食人鬼族の国へ向かうための、開通していて尚且つ、安全なルートだ」
地形は変わる。食人鬼族の群れの位置も、行動範囲も。
だから過去の情報を見て旅をすれば、一網打尽にされる可能性がある……情報は武器だ。
剣や銃よりも強力な、相手を傷つけないための武器になる。
――大きな掲示板に、敷き詰められるように文字が密集していた。
この全部が船の外――、海の向こう側の情報らしい。
多くの人が、何度も消し、書き足した痕跡がある。
既に機能していない情報は書かれていないはずだから……信用できる内容だ。
入れ違いになってしまった場合は仕方ないが。
「マスター、持っていなかっただろう……あらためて、これを」
「これは?」
「掲示板は現在の情報だ。その冊子は過去の……というよりは、固定の情報だな。掲示板に載せていたらスペースが足りなくなるから、既に多くの者が把握している情報をまとめたものだ。食人鬼族に関することはここに書いてある……、一通り読んでみることをおすすめする」
冊子を開く。
食人鬼族の基本情報が書かれていた……。
――古来より、人間を主食としてきた種族らしい。やはり、その名前の通りだったな……。
当然、危機を感じた人間は食人鬼族を隔離し、人間社会から追放した。
それにより、何百年と食人鬼族の脅威に晒されることはなかったが――。
しかし、近年の飢餓の限界により、食人鬼族が人間を襲い始めたのだ。
……どうして急に人間を? と思うかもしれないが、世界に人間しか食糧がないとなれば、襲うしかないわけだ……。
「(野生の動物がまったくいなかったのは、そういうことか……)」
食人鬼族に狩られてしまっていた――。
数を減らした動物は遂に絶滅し、残っているのは人間のみとなってしまい――(魚を狩らないのは、水の中では上手く動けないから、らしい。釣りをするような頭脳があれば、さらに脅威になっていたな……)数百年のがまんが決壊した食人鬼族は、世界中の人間を喰らい始めた。
その結果、あっという間に多くの国が滅んだ。
人間も数を減らした――大型のクルーズ船、三隻に収まる数になってしまった。
その内の一隻が、この船、というわけだ。
「毎食、魚料理がメインになるのかな?」
俺の肩口から、冊子を覗き込む委員長。
「海の下は、食人鬼には手をつけられてないってことだから……そうだろうな。果物や葉っぱはあるだろうから……肉料理はなさそうだ。あっても貴重なものだろ」
野生動物がいなくとも、飼育されている動物はいるだろう。
それに、肉でなくとも肉に近い料理を作ることは可能だ。
食感と味が肉でも、材料に一切、肉を使っていない料理なら探せばあるだろうし。
なければ代用する。俺たちはそれができるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます