第15話 食人鬼の王

 俺と委員長が、同時に声を出した。……リノス。いや、こっちの世界では入れ替わっているのだから――つまり、元凶とされているのは、アキバ、か……?

 おいおい……。あの天才様は、リノスの体で、一体なにをしたんだ!?


「入れ替わりの話で納得した。リノスのあの豹変のカラクリは、そういうことだったのか……。中身が違えば、行動にも納得する。努力に結果が伴わないポンコツなお姫様が、急に結果を出し始めた時は、努力が実を結んだと言うよりは、不正をまず最初に疑われたものだからな――まるで人が変わったように……実際、替わっていたわけだ」


 入れ替わって。

 ポンコツが、天才に替わったのだ。


「動けば結果を出す。彼女の功績で国は大きくなり、他国を寄せ付けない強い力を持つようになった――結果として、発見された食人鬼族の『王』として、リノスはこの世界を支配しているわけだが……」

「あいつはなにしてんだよ……ッ」

「入れ替わっているなら、あの食人鬼の王は、お前たちの知り合いなのだろう?」


 頷くしかない。

 ここで他人のフリはできなかったし、したところで逃げの無関係が通じるはずもない。どうせアキバを探す必要はあったのだ……、だったら渦中に飛び込んで、俺たちを中心に周りが動いてもらった方がやりやすい。


 責任を取れと言うのであれば、取るつもりだ。

 身内の尻拭いは、当然、俺たちでするべきである。


「リノスの中身は……あれはなんだ? まるで神様に愛されているかのように全てが上手くいっている。周りを味方につけているどころじゃない。世界そのものを味方につけているみたいに……。なにをどう転がしても成功する。石を蹴って山が崩れるようなものだ――。極めつけは、歌を歌って感染病が治るように……繋がらないことが繋がってしまう現象が重なっていくのは、恐怖を覚えたものだな」


 アキバとは――天才とはそういうものだ。

 そういうものだと、小さい頃に刷り込まれている。

 今更それに驚きも疑問もなかった。『そういうもの』なのだ。

 歩けば歩けるような、そのレベルの常識になっている。


 ……そんな奴の隣に立てる人間は、同じ天才でないと。

 天才でなくとも、結果は必要だ。

 なにもない人間は、あいつの隣には立てやしないのだから――。


「トンマたちの世界は、どれだけ魑魅魍魎なんだ?」

「アキバだけだよ、特別なのは。こっちにはトレジャーアイテムなんてないし……、似たようなものはあるけど、やっぱりこっちの方が技術力は高いと思うぞ」

「まあ、隣の芝生は青く見えるものだしな……――こっちは道具に恵まれている……そっちは人材に恵まれている。そう思えばバランスは取れているのだろう」


 もしも、それでバランスが取れているのなら。

 入れ替わりは、バランスを崩す最悪の行為だったのではないか……?


 アキバがトレジャーアイテムを悪用するとは思いたくはないが……いや、あいつの場合は関係ないのか。意図がどうあれ、結果がやってくる。良い方も悪い方も。

 少なくとも、アキバにとっては良い方向へ転がるが、しかしその他からすれば最悪であることも否めない。まさに今がそうなのかもしれない……。


 ――食人鬼族による支配。

 アキバにとっては、良い結果なのだとしても――。

 世界はそれにより、こうして船を国とするほどまでに追い詰められているのだから。


「――現状を把握しよう」


 ターミナルが立ち上がった。


「お前たちの状況は理解した、次はこっちの番だ。今、この世界がどういう状況で、人類がなにを目指しているのか――この世界にいるなら従ってもらうことも多いだろう。知り合いを救うためでもなんでもいいが、情報が多いに越したことはないだろう?」


 その通りだった。

 とりあえず、敵ではないことを分かってもらえたなら、やっとスタートラインである。

 まだ始まってもいない……。いるはずのアキバに接触し、この入れ替わりを元に戻すために――とにかく情報が必要だ。


 食人鬼族。

 この敵だけは、避けては通れない。



 客室を出て向かった先は、三階分の高さが吹き抜けになっている大広間だった。

 多くの人で賑わっているが、やはり満足な生活を送れているわけではなさそうで……――怪我人も多数いる。船の上だから、抱えるストレスもあるのだろう。

 みなが協力するべき環境で、しかしぴりぴりとした空気感が場を支配していた。

 ……場が明るくなるような音楽の一つでもかければいいのに。


 俺たちが顔を出すと、賑わっていた喧噪が静かになった。

 ターミナルとルルウォンは慣れたもので、反応をしなかった。

 俺と委員長もそれに倣って無反応を貫く……のは難しかったが、まさか今の反応で、俺たちの中身が異世界の人間であることまで分かる者はいないだろう。

 多少、周囲を見回しても、怪しまれることではないはず……。


「……ん? どうした?」


 すると、最後尾の委員長が、俺の背中にぴったりとくっついてきた。


「なんだか、周りの目が怖くて…………私、なにかしたかな……?」


 したとすれば、テトラだろう……委員長ではない。

 それでも、現状、恨みの視線? ――を受けているのは委員長だ。

 身に覚えのないことで敵意を向けられて、平気な顔ができる委員長ではないだろう。

 委員長なら、仲違いをしたならすぐに対話を試みるはずだ。

 だが、それができない今は、委員長の『良さ』が消されてしまっている……。

 だからなにもできない。


「委員長はなにも悪くない。胸を張っていればいいよ」

「む、無理……」

「じゃあ俺の手でも握るか? いや、意味ないか……」


 差し出した手をすぐに引こうとした瞬間。

 委員長の手が俺の手を逃がさないとばかりに強く掴んだ。


「意味はあるよ!」

「そ、そうか…………じゃあ握っててくれ」


 理由はどうあれ、周りからはドットとテトラが手を繋いで歩いている、と見えているわけで……。二人の距離感は、ここまで近かったか?

 ……たぶん違うだろう……。だからひそひそと騒がれているんだろうなあ。



 ――やっぱりドットのお気に入りだから、あの爆弾魔を保護したのか……。

 ――甚大な被害を出した罪人を抱えて、お楽しみ中ってわけかよ。

 ――美人なら、罪なんて償わなくていいってこと!?



 ……と、聞こうと意識しなくとも聞こえてくる、周囲の陰口。

 爆弾魔のテトラを、ドットが保護した――とは、テトラから聞いていたが、やはりドットの行動に否定的な意見が集まっている。

 保護することに、賛成意見なんてなかったのかも。

 それでも助けたのはドットであり、そこには本人にしか分からない意図がある。


 陰口通りに、お気に入りだから助けたのかもしれないし、周囲が疑うような関係性だったのかも――というのは、ターミナルが否定したか。それでも一対一ならなにをしていても分からないし……、絶対にないとも言い切れない関係だ。


 だって俺はまだ、ドットの魂とは対面していない。

 ……入れ替わっている以上、絶対に無理だろうけど。

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