第13話 海上国家

 対話をするって? 事情を説明するって? 何度も試した、何度も、何度も――。

 だけど俺の意見は全て却下され、聞く耳を持たれなかった……無理なのだ。

 俺たちの意見は、この世界の住人には届かない。

 だから。

 委員長がしようとしていることは、自殺行為でしかなく――。


「どんな感――ぶわっ!? テトラ…………、じゃ、ないね、誰?」


 扉を開け、部屋に入ってきたルルウォンに飛びついたテトラ(委員長)。

 らしくない行動に、すぐに中身がテトラではないことを見抜いたルルウォンだ。

 もう誤魔化せない。

 委員長、どうする気なんだ……?


「――助けてっ」


「え?」


 ルルウォンの手を、両手で握り締め……。

 きっとテトラがしたことがないであろう上目遣いで、涙目で懇願した。

 演技ではない、これは委員長の素だ。

 状況が状況なだけに、『助けて』の気持ちは嘘ではないのだろう……本音で話す。

 本音には気持ちが乗る。

 素直に、誠実に――あなたしか頼れる人がいないことを示す。


 ……思えば、俺の意見が却下され続けたのは、テトラがいたからだ……。

 しかしそのテトラは今、委員長であり……俺たちの意見を偏見で遮る者はいない。

 ルルウォンも、ターミナルも、テトラに任せていただけで、こっちが「あらためて説明させてほしい」とお願いすれば、きっと聞いてくれるはずなのだ。

 それとも俺だから却下されたのか?

 委員長だから――相手にしてくれたのか?


 ……あるかもしれない。

 委員長の言うことなら信じる――だってその筆頭は、俺なのだから。



「…………どういうこと?」

「ルルウォン……ドットは、この世界にはいないんだよ」


 この世、という意味でないことは、ルルウォンも察しているようだ。

 信じたくないだけかもしれないが、聞いた彼女がパニックにならなかったのは助かった。

 理解していなくとも、訳が分からなくとも、冷静でいるなら説明できる。


「ちょっと待って………………うぅん、ごめん、あたしには無理。ターミナルがいないと理解できないと思う」


 テトラ(委員長)を抱きしめたルルウォンが、背後の扉の先を指差す。


「とりあえず、外に出よ。もし、脱出するための方便だったとしても、あたしとターミナルからは逃げられないからね――逃げてもいいけど、食人鬼に襲われるだけだと思うよ?」

「逃げる気なんてないよ。こっちはルルウォンとターミナルしか、頼れる人がいないんだからさ――」

「そう? へへ、頼られるのは、悪い気はしないね」


 嬉しそうなルルウォンが先導し、出口まで案内してくれる。

 行き止まりの壁に手を触れると――白い光が体を包む(やっぱり体ではなく、魂が問題だったのかもしれない。だから入れ替わった委員長の手では発動しなかったのだ)。


 それから。

 次に目を開けた時に見えたのは、狭く重い空気が蔓延していた坑道ではなく、青空だった。

 ――甲板? 船の…………上?

 監禁されていたから知りようもなかったが、ルルウォンたちは既に、森から移動していたらしい……。確かにずっとあの場所にいるのは得策ではないけど、あの場にいたのは、なにか理由、目的があったからじゃないのか……?

 ドットが欠けた今、彼をまず、取り返すことが最優先事項になっているのか。


「……ここは?」

「ここはね、国だよ」

「? 船の上じゃんか」

「だから船の上が――『国』なの」


 見渡せば海しかなかった……、船の上である。




「わー、すげえ……」

「ほんと、綺麗だねー」


 薄暗く狭い部屋に閉じ込められていたせいで感じる開放感がすごい。

 心が洗われるような癒しの景色に、見惚れてしまう……。

 ここで何時間でもぼーっとしてしまいそうだ。


「ほらいくよー」とルルウォンが引っ張ってくれなければ、ずっとこの場で立ち止まったままだっただろう……。委員長は隣で目を輝かせていた。

 俺たちの世界では、ここまで綺麗な景色を実際に見ようとすれば国を移動しなきゃいけないだろうし、だからこそ、この珍しさに委員長も足が止まったのだ。

 俺とは違う。閉じ込められていた反動ではない。

 船の上か……、異世界だけど、帆船ではない。大型のクルーズ船だ。


 イメージと違うが、それだけこの異世界は俺たちの世界と文明は似ているのかもしれないな……――ルルウォンはここを『国』と言った。冗談ではなさそうだ。

 異世界でも字は読める。船に掲げられている旗には『連合国アクア第一隻』と書いてあった……。ルルウォンよりもそっちを信じるのは、今から「俺の話を信じてほしい」と言うつもりの人間の態度ではない気がするな……。

 でも、船が国になっていると言われても、簡単には信じられないだろう。


 ルルウォンの背中を追い、割り振られている客室に案内されると――扉の音にびくっ、と反応したのがターミナルだ。

 彼女は備え付けのマグカップで……紅茶? を飲んでいたらしい。

 驚いたことで中身の液体が手に落ち、「熱っ!?」とその場で跳ねている。


「まだ怖がってるの? たぶんお姫様も、もう怒ってないと思うけど」


「……ルルウォンはあの人の執念深さを知らないから、そんなことが言えるんだ。納得する説明をしたはずでも、『姫様』からドットへ乗り換えた事実は変わらないし……、面白いとは思わないだろう。徹底した理論武装で固めても、ようするに姫様よりもドットについていきたい強い忠誠心を見せているわけだからな――」


 言葉ではなく態度で伝わってしまっている……。態度で真意が分かってしまえば、重ねられた言葉は言い訳にしか聞こえていない、ということか……。

 確かに、乗り換えられた側からすれば、面白くはない、か――。


「ところで、もう拷問は済んだのか?」


 ターミナルがマグカップを置き、俺とテトラを見る。


「それがね……あたしじゃ理解できないと思うから、ターミナルが聞いてあげて」

「テトラでも理解できないことが私に――……いや」


 ターミナルが察したようだ。

 テトラを見て、ターミナルの肩に力が入る。

 テトラの不在で、自分がチームの芯であることを自覚したのか。

 ……自然とルルウォンが下になっていることには納得だが、ルルウォン自身はそれに不満とかないのだろうか……なさそうだ。

 部屋の冷蔵庫の中を物色しており、俺たちの話を聞く体勢ですらない……ターミナルに丸投げである。


「座った方が話しやすいだろう……ひとまず、名前を聞こうか。ドットとテトラでないことは分かっている。区別はしておきたいからな」


 俺と委員長は、促されたまま椅子に座り、名乗る。


「トンマだ」

「雫です」

「そうか……トンマと、シズク……覚えた」


 ターミナルが腕を組む。

 小柄ながらも威圧的な雰囲気が出ていた……それは腕を組んだからではなく、こっちを窺うその金色の瞳だからだろう。まるで獲物を狙う獅子のそれだ。

 注意深く、俺たちの言葉を待っている。


「それで? 話とは、なんだ?」

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