2章

第12話 魂の再会

「出口がないの?」

「あるんだろうけど……脱出方法が分からないんだよな……」


 手枷が外れたので、重たい扉を開けて外に出ることができた。

 通路があったので先に進んでみたが、やはり予想通りの行き止まりだった。

 一本道を進めば出口が見えて、そこを通ればトレジャーアイテムの外に出られるなら話は簡単だったのだが、やはりテトラしか知らない脱出方法があるのだろう。


 その知識はテトラの魂ごと、委員長の元の体へ移動してしまった。

 この場にはもうないのだから……俺たちは閉じ込められたことになる。

 行き止まりの壁に触れても、なにも起こらない。


 もしかしてテトラの手なら……と期待したものだが、やはり触れるだけでは変化がなかった。

 暗証番号、もしくは『秘密の言葉』を言わないと起動しないのかもしれない……。


「ひらけゴマ!」と委員長が試していたが、俺たちの世界のオーソドックスが、この世界のオーソドックスなわけがない。それに、仮にオーソドックスだったとしても、それを登録するのはセキュリティとして甘過ぎるだろ……。


 坑道のような狭い通路を観察してもなにもなさそうだったので、俺たちは拷問部屋へ戻ることにした。なにもない通路よりは、まだ拷問部屋の方が物が多い。

 ヒントらしきものがあればいいのだが……。


「わあっ!? い、入れ替わった私の今の体、すっごく可愛いっ!」


 鏡を見て、今の自分の姿を確認する委員長……。

 テトラの顔で喜ばれると、違うと分かっていても体が反応するな……――恐怖で。

 人に鞭を振る時と同じ表情なんだよ……。

 体の芯まで、テトラに支配されてしまっている。


「トンマくん、どう!? こんな美少女に近づかれたら――って、あれぇ!? 嫌そうな顔だけど!?」

「委員長のせいじゃなくて……――あのな、俺は今、この顔に拷問されていたんだから、近づかれたらビビるに決まってるだろ……トラウマなんだよ……」

「そっか……、トンマくんにそんな反応されたのは……ううん、トンマくんどころか、人からそんな扱いをされたことがないから新鮮かも。――ふふ、いじめてみたくなっちゃったっ」


 委員長の人差し指が、俺の脇腹、色の濃い青痣をつつく。

 ……悪魔テトラがいる。

 中身は委員長のはず、だよな……?

 まさか途中からテトラに戻っていたり、しないよな?


「なーんて、うそうそ。いじわるしたりしないよ、それで嫌われたくないもん。人から必要とされる存在でいたいんだから――。離れていく人を見送るのはもう嫌だからね!」

「離れていかないだろ。俺は当然、みんなだってな――」

「……うん、ありがとう、トンマくん」


 委員長の不安は、できるだけ取り除いてあげたいものだ……。

 離れていくことが不安なら、『大丈夫』の確信を与えてあげればいいのだ。

 この状況から抜け出すための安心感を与えることはできないが、これくらいなら、今の俺でもできる……。


「よし、委員長――脱出ゲームの経験は?」

「聞いたことはあるけど、実際に体験したことはないかな……――そうだっ、今度みんなでいってみようよ」

「いいぞ。まあ、まずはここを脱出してからだな……」


 今、この場での経験が、その時に活かされてくれればいいけど。



 狭い拷問部屋を物色しても、ヒントらしきものはない……――それもそうだ。

 通路と比較すれば、物があるだけである(というかここにしかない)。

 物があるからと言って、脱出のためのヒントが隠されているわけでもないのだ。

 そもそも脱出ゲームではない。

 拷問相手を閉じ込めておくだけの場所である。


 抜け出すためのヒントが隠されていること自体が、目的に反している……。でも、使用者が間違って閉じ込められた場合の緊急避難の方法が、まだ残っている線は考えてもいいだろう。


「……もう調べ尽くしたよな……?」

「たぶんね……あとは、あえて調べなかった外の通路だと思うけど……」


 なんにもなさそうだけど、他に探すべきところがなければ、着手してもいいだろう。

 再び通路へ出ようとした時だった――そこで、あるはずのない、足音が。

 そして。



「テトラー? ドットの居場所、分かったー?」



「っ、ルルウォン!?」


 このタイミングで!?

 せめてターミナルだったら、と一瞬考えたが、どちらにせよまずい状況だ。

 扱いやすいルルウォン、命令に従ってくれるターミナル……しかし両者とも、ドットではない俺(中身)を注視し、いつでも手を出せる位置を維持している。

 ドットという肉体の壁があるからこその、今の仮の安全だが、腹の内では二人とも俺を敵として見ている……。

 そんな状況で、二人が『入れ替わった委員長』と出会ってしまえば……、テトラまで奪われたと思われたら――。静観の二人が過激な方法へシフトしてもおかしくはない。

 実際、テトラは拷問という形で俺を追い詰めているわけだし……。


「委員長っ、まずい……! 入れ替わったことを知られたら……っ。――今の委員長の体の仲間が、なにをするか分からない!!」


 俺は安心かもしれない……だけどテトラは?

 ドットへ忠誠を誓ってはいても、テトラへは違うだろう……。

 仲間意識はあるだろうけど、気を遣って傷つけないように配慮するようには思えない。

 中でも、テトラがより過激だっただけで……。

 他の二人だって、ドットが絡めば鬼になれるはずだ――。

 俺が受けた拷問以上のことを、委員長に受けさせるわけにはいかない。


「だから委員長……、俺を痛めつけろ!」

「え? そ、そんなこと、できるわけないよ!!」

「今の委員長はテトラなんだ――テトラらしく振る舞わないと、『入れ替わってる』もしくは『本物のテトラが奪われた』と思われる! だからこれは自衛なんだよ……っ、委員長を守るためなんだ!!」

「で、でも……」

「早く!! もうすぐそこまでッ、ルルウォンがきてるんだぞッ!?」


 重い鉄の扉が開かれる。

 委員長は鞭を拾い上げ――だけどその目は、俺ではなく、扉を見据えている。

 ……まさか!?


「……委員長? っ、違う、ダメだ! 委員長がルルウォンに勝てるわけがない!」


 体はテトラでも、知識は委員長だ。

 リノスからトレジャーアイテムのことを教えてもらっていても、戦える状態じゃない……。

 委員長が誰かを傷つけることなんて、できるわけがないのだから。


「ねえ、トンマくん」


 委員長が、飛び出す寸前で俺を見た。


「騙すこと、傷つけることが、コミュニケーションじゃないよ?」

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