第11話 拷問部屋

 夜時間が終わった。

 何度目の?

 ……分からない。一切の光を通さない閉鎖空間。

 目を塞がれたと思えば、連れてこられた場所だった……。


 視界を取り戻した後に見た景色は、円形の狭い部屋である。

 そして俺は宙吊りにされ、上半身が裸で……――体には無数の傷がある。

 ……切り傷、打撲……、これだけしておいて、肉体的に壊す気はない?

 続けていれば壊れるだろう……けど、そうなる前に、先に精神が壊れるか。

 正直、痛みよりも、テトラの顔を見る方が嫌だ……。

 全てを吐露したいほどに屈服させられている。


 というか、吐露しているのだ……答えているのだ……――なのに。

 テトラは一切、信じない。


「異世界? 言い訳しないでくれる?」と言って、鞭を打つ。


 何度も何度も。


「ドットはどこにいるの?」……その言葉が合図になっている。


 答えても黙っても、説明しても否定しても、鞭が飛ぶ。(経緯は知らないが)爆弾魔だからか、テトラは意外と、拷問が得意ではないらしい。

 だから波がある……痛い時と痛くない時があって――だが、この波が慣れをくれない。

 一定時間で、暗闇と光を行き来しているせいで、夜目が機能しないようなものだろうか。

 ……慣れさせていない? だとしたら、拷問が上手いと言えるのか……。


 ――足音。

 テトラのものだった。


 この段階で、全身が震える。

 自分ではどうしようもない恐怖だった。

 重たい扉が開かれる――。


「で? 答える気にはなった?」

「……答えてる……。なあ、今は、夜時間なのか?」

「そういう心配はしなくていいから」

「俺じゃなくて、みんなのことだよ……。夜時間だとしたら、食人鬼はこの部屋にはやってこないのか……?」

「それは大丈夫。だってここ、トレジャーアイテムの中だし」


 ……今度は別空間を作れるアイテムか。

 ――なんでもありだな。異世界なのだから、それもそうかと思うけど……。


 つまり魔法がない代わりの、トレジャーアイテムなのだろう。

 トレジャーアイテムを使えば、誰でも魔法みたいな現象が起こせる……。

 特に才能が必要というわけでもない。

 誰もが天才になれて、誰もが特別な力を扱える……お手軽な魔法が、トレジャーアイテムか。


「空間を作る……? いや、それとも移動させる……?」

「中って言ったけど? トレジャーアイテムの中に部屋があって……そうね、どちらかと言えば私たちを小さくする効果があるのかしら」

「そんなトレジャーアイテムが、ごろごろと存在するのかよ……」


 市販されている、ということは、大量でなくとも、二つ三つは増やせるってことだよな?


「これは特別なトレジャーアイテムよ。市販なんてされていない『オリジナル』。過去の遺産――、遺跡を探せば、稀に出てくるものよ……そういうことも知らないのね」

「言っただろ……俺は異世界の人間で、こっちの世界の常識を知らないって――」

「そうみたいね」


 そうみたいね? ……おいおい、納得しかけてるじゃないか。

 その段階まできておいて、これ以上、俺を拷問する理由があるのか?

 これ以上は、お前が痛めつけたいからやっているようにも思えるけど……。


「爆弾魔だった、って、ルルウォンから聞いたんでしょ?」


 聞いた、というか、会話の中でしれっと混ざっていただけだが……。

 強烈な印象があったから覚えていたのだ。

 元爆弾魔なんて、なかなか聞かないし、知り合えるものでもない。

 異世界なら普通なのか? ……異世界でも珍しいだろう。


「爆弾魔が爆弾を使えないストレスが、あなたに分かる?」


 分かるわけがない。俺は爆弾魔ではないからだ――だけど、日常的におこなっていることができなくなれば……、抱えるストレスの大きさは想像できるつもりだ。

 数日……、何日、経っているのかは分からないが、委員長に会えないことでストレスが溜まっていっている……主に黒い感情だ。

 委員長と喋ることで、ガス抜きがされていたということだろう……。

 今、かなりのガスが溜まっている。

 苛立ちや恐怖、焦りと諦めが混ざって、ぐちゃぐちゃな感情だ……。


「……この機会を利用して、鬱憤を晴らしてるのか……っ」

「そういう気持ちもゼロじゃないかな……、できるなら爆弾を使ってあなたを吹き飛ばすことができれば最高だったけど……ドットの体ならそれもできないし」


「……信頼してるんだな、ドットのことを」

「当然でしょ。死刑になってもおかしくなかった私を拾ってくれたのが、ドットなんだから――」


 まあ、爆弾魔なら、そういうこともあるか。

 なら、それが二人の出会い方、か……――命の危機を救われた……そこまでの恩があるなら、俺を拷問してでも、本物のドットを取り戻したくもなるよなあ……。

 納得だ。

 はっきりとした動機が分かれば、未知を相手にする恐怖は霧散する。

 それでも、痛みから連想させられるテトラへの恐怖は拭えないけど……。


「……だからさっさと返して。ドットの顔で、声で、私の前に現れるな。あんたなんかで、ドットを汚さないでくれるかしら?」


 鞭が飛んでくる。

 何度も、何度も――何度、も…………。

 だが、何十回と続いたところで、止まった。


 振りかぶられた鞭は、振り下ろされたが、その勢いが途中で止まり、しなる先端が、俺の皮膚を優しく撫でた。テトラの手が下りる……鞭が床に落ちた。


「……え、」


 呟いたのはテトラだ。

 彼女の白い肌が、耳まで真っ赤にしているのが俺でも分かった。



「なに、これ……ここどこ!? 君は……だいじょうぶ!?」



 ……なにが起きている?

 テトラの豹変……、心変わり、二重人格……と、色々と考えてしまうけれど、俺が当人だからこそ、その考えにすぐに思い至る。

 ――入れ替わり。

 誰かが、テトラと入れ替わった――?


「すぐに下ろしてあげるからね!」


 テトラ(だけど別人)が、俺を吊るしている両手を縛る鎖に手を伸ばし……、彼女の体が目の前に近づいてくる。

 小さめの胸が当たり……、女の子の匂いが漂ってくるのと同時、まるで溜まっていたガスが一気に抜けていくように――落ち着く。

 まるで、実家のこたつに足を入れた感覚だ。


「…………委員長?」

「え? なんで君がその呼び方……、…………もしかして、トンマくん?」


 委員長、と呼んだだけなのに、それだけで容姿も声も違う俺を『トンマ』だと分かったのは、事前に俺の体に入った別人を見ていたからか――。

 それとも、ぱっと俺が出てくるくらいには、委員長の中で『大事な人』に分類されているなら、これ以上に嬉しいことはないな。


「え、分かるのか?」

「うん。だって『委員長』の声の抑揚がトンマくんだし」


 ……そういうことか。

 呼び方で分かる……、聞き分けられる委員長もすごいけど。

 一日に、どれだけ多くの『委員長』を聞いていると思っているんだ。


「たぶん、一番多く呼ぶのはトンマくんなんじゃ……? それに、聞き分けてるわけじゃないの。直感だよ。同じ言葉だけど、人によって聞こえ方は違うから。細部じゃなくて、全体的にね。だからトンマくんだっ、って、すぐに分かったんだよ」

「……ほおー」


 次元が違い過ぎるので、ほお、としか返せなかった。

 やっぱりこの人もこの人で、アキバとは違う天才なんじゃないか……?


「すぐに下ろしてあげるね……えっと、これが……あれ? どうすれば……。鎖じゃなくて、枷を外せばいいんだよね……じゃあ鍵を……鍵……」

「服にあるんじゃないか?」


 テトラは自分で持っていそうだ。

 誰かに預ける、棚の上に置いておくことはしなさそうだし……、しかし、待てよ?

 拘束を抜け出し、この部屋から脱出をするとして――、テトラが、今は委員長ってことは、この空間から出る方法を知っているのも、テトラだけになる。


 でも、今のテトラは委員長で…………。

 当然、トレジャーアイテムの使い方を知っている委員長じゃないよな?

 もしかして…………――出られなくなった?


「あ、良かったっ、鍵が開いたよ、トンマくん!」

「あ、ああうん」

「あれ!? ぜんぜん嬉しそうじゃない!?」


 ごめんだけど委員長。

 それどころじゃない詰みが、目の前にあるんだよ……。

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