第10話 言えない解答
「…………それ、時間、貰ってもいいのか?」
「ダメ。すぐに答えて。それとも分からない? 覚えてない? そんなわけないよね、あんなに熱く、私にご執心しておいてさ」
当然、魂だけ入れ替わっているのだ、過去のことを覚えているわけがない。
魂だけなら脳や記憶は残っているのでは? なんて思ったものだけど……。
魂とは記憶も含まれる。記憶や知識を包んだものが魂なのではないか。
魂が入れ替わったということは、俺とドットは、知識と記憶も同時に入れ替わっていることになり、どれだけ頭の中を巡っても、テトラとの思い出を思い出せるわけがない。
だって、ないのだから。
俺の魂には、一つもない。
ないものを引っ張り出すことは、どうしたってできないのだ。
「…………」
テキトーに答えてみるか?
もしかしたら当たるかもしれないが……、そうなると細部を詰められることになるだろう。
奇跡は一度なら起きるかもしれないが、連続で、二、三と起きることはない。もしもここを誤魔化せたとしても、一生分どころか、ドットの分の運まで使い果たしてしまいそうだ……。
「……即答していない時点でクロな気もするが……」
沈黙に耐えかねたのか、ターミナルが口を挟んだ。
確かに、こうして考え込んでいる時点で、テトラとの出会い方を覚えていない(知らない)と言っているようなものだ。そして、俺がドットではない、とも――。
疑念を持たれた時点で俺のミスだ……、取り繕うほど、疑われる。
今回の場合、疑念があることはそのまま俺の負けに繋がる。
そもそも最初からリカバリーなんてできない種類のものなのだ。ここは素直に謝るしかない。
事情を説明すれば……。
「まあ、あなたがどこの誰だろうと別にいいんだけど……、ドットではないことは、問題視していないわ」
「あ、そうなのか……」
この返答が、俺がドット本人ではないことへの疑いを確信に変えてしまったことになるが、わざわざそれを指摘するテトラではなかった。
迂闊な俺に呆れているのかもしれないけど……。
「問題は、ドットが今、どこにいるのか、なのよ」
「あ、それは、」
「今のあなたを追い詰めれば、ドットが顔を出すの?」
テトラの手が伸び、手の平が俺の頬にぴたりとくっつく。優しい触り方だったが、次の瞬間、彼女の親指が眼前に迫る。爪がぴたりと止まった――。
それから指の腹が、頬骨を押し、瞳を剥き出しにしようと力を入れる。
次に、逆の手の親指で、今度はまぶたを上へ引っ張り……目が合う。
しかしトキメキなんて一切ない。瞳の奥の魂を観察されている気分だった。
「――ねえ、ドットはどこにいるの?」
もしかしたら、俺を挟んだ奥に、ドットがいると思っているのではないか……。
確かに、一発目で入れ替わりを考えるのは少数派か……少数派か?
二重人格の裏側へいってしまったと考えるのも、それはそれでマイノリティなのではないか?
「あ、の、ちがっ、うんだよっ! ドットはここにはいない、このせk」
「ここにはいない? じゃあ、知っているのね?」
「それは……知ってはいるけど、でも迎えにいくこともできない厄介な状況で……っ!」
「答える気がないなら仕方ないわね……、多少の乱暴は許してくれる?」
テトラが取り出したのは、球体型のトレジャーアイテムだ……――そこで思い出す、彼女は、テトラは……確か、『爆弾魔』と呼ばれていたような……?
じゃあその球体は……――爆弾!?
多少の乱暴にはならないだろう……一撃必殺の、暴力以上の爆殺しか期待できない。
そんなもの、拷問には適していない道具だ!!
「だ、ダメだ! 乱暴にしても、俺は言わないぞ――いや、言えないんだけど! というかもう言っているようなものなんだよ! 説明させてくれって!!」
「私に命令しないで。――『ダメ』? いや、あなたに許可も許しも、貰うつもりはないもの。私が『許してくれる?』って言ったのは、ドットにだから。あなたにじゃなくてね」
テトラが止まらない。
助けを求めて横を見ても、ルルウォンとターミナルも止める気はなさそうだった……。
賛成ではなさそうなところがまだ救いだったけど。
しかし、止める気がないなら賛成しているようなものではないか!?
「ごめんねー、ドット……じゃないんだよね。確かにいつもと違うなー、とは思っていたけど……。本当に違うなら、助ける気はないかな」
と、ルルウォン。
一応、気づいていたらしい……、それもそうか。
俺も、委員長の様子が変わったなら、すぐに分かるはずだ。
魂が入れ替わっている、とまでは分からなくとも、違和感なら分かるだろう。
「すまない、マスター……私の性格上、たとえマスターの中身が違うとしても、乱暴なことはできないんだ。だから……、テトラが代わりにやってくれるならありがたい」
「……俺が目を覚ましたあの時から、俺が別人だって、分かっていたのか……?」
下僕という立場である以上、指摘することもできなかったのだろう……。
いや、指摘して俺がパニックになることを考え、合わせてくれていたのかもしれない。
ターミナルが、目を瞑る。
それが肯定であることは言わずとも分かった。
本物のドットを救うために、別人である俺に合わせて生かしてくれていた――。
指摘しないことで、『マスター』を守っていたのだ……、よくできた下僕だ。
顔や態度にこそ出ないが、ターミナルも、気持ち的にはテトラと同じだったのだ。
最初から。
俺に、彼女たちを騙せるわけがなかったのだ。
それだけ、ドットという少年は、三人と深い繋がりがある。
「悪いがマスター、テトラの拷問に付き合ってくれ」
「……拷問を、したところで……俺からこれ以上、なにかが出てくることはないと思うけど……というか、一回、ちゃんと説明だけさせてくれ。信じなくてもいいよ――だけど可能性の一つとして頭に入れておくのもいいだろ!?」
「拷問してからでも聞けるから。追い詰められた時にこそ、本音が出るでしょ?」
「それを理由に、拷問を……? ドットの体が傷ついてもいいのかよ!!」
想像して、顔をしかめたのはターミナルだが、テトラは微笑んだだけだった。
それが一番、怖い。
「傷がつく、痛みもある……でも、体が壊れるようなことはしないから。私がするのは体じゃなくて、精神の破壊だもの。だから大丈夫。ドットという体を越えて、どこの誰か知らない【あなた】だけを拷問するつもりだから――安心してね」
できるか! とは、さすがにツッコめなかった。
食人鬼よりも、ゾッとする恐怖に支配される……。
ドットへの忠誠心の現れ、だと思っても……、ほっこりはできないな。
標的にされているのは、俺なのだから。
「一応、聞いておこうかな」
ぱぁん!! と、視界が一瞬、途切れる。
頬から感じられる、一瞬の痛み。
こんなのは序の口のはずだが、小さな体のせいか、それとも異世界の女の子の力なのか……――痛みが継続する。
引かない。ずっと、そこにある。
「――ドットは、どこにいるの?」
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