第9話 内側の脅威

 目を細めて、俺を見るテトラ……。

 ルルウォンと同い年くらいか……? その大人らしい立ち振る舞いから、より冷たい印象を抱くので、この目がいつも通りなのか、そうでないのかは判断しかねるな……。

 この状況になった理由に、俺が関わっていることを半ば確信しており、それを伏せた俺を非難しているのかもしれないが。


「襲われないならそれでいいけど。他の二人は?」

「あっちにいるよ」

「そ」


 じゃあ戻りましょう、と言いたげに、手を招くテトラ。

 ついていくと、ターミナルとルルウォンも遅れて顔を出す。


「あ、テトラ、無事だったんだ」

「まったく、厄介なところに逃げ隠れてくれたものだな……マスターの一言がなければこっちも動きづらかったぞ」

「そう……ドットがねえ」


 テトラの指が俺の頬をつまんで、ぐいー、となぜか引っ張る。


「いたたっ!? な、なにすんだ!?」

「ひとまず外に出ましょう。聞きたいこともあるし」


 理由は分からないが、食人鬼が襲ってこない内に、洞窟から出てしまおう。

 並んで歩く俺たちを窺う食人鬼たちから、鳴り止まない腹の音が聞こえてくる。

 空腹なのか……やっぱり、俺たちを襲っていたのは空腹を満たすため、か……。

 じゃあ、空腹さえ満たしてしまえば、襲ってはこなくなるか?

 でも、森にいた時から気になってはいたが……動物がいなかったな。

 既に食人鬼が食べてしまっていたら……その空腹も納得だった。

 ――だから、人間にも手を出し始めたのかもしれない。


 来た道を戻ってきたので、単純に滝の裏側に辿り着いた。

 周りに食人鬼がいないかを確認し、外に出る。

 まだ夜だ。

 それでも、数時間後には朝になる。


「ドットぉ、お腹空いたから、ご飯にしよう」


 と、言い出したのはルルウォンだ。確かに、はぐれて(いたらしい)から、まともな食事をしないままだった……俺も、この体と同じく空腹を訴えている。

 さっきまではそれどころではないから気にしなかったが、全員が集合して(……いるよな?)気が抜けたら、一気に空腹を思い出す。普段よりもずっとお腹が空いていた。


「魚を獲ってくるね」

「いるのか?」

「だって森にはいないし……海にしかいないじゃん」


 それは魚を指して、ではなく、食糧が、だろう。

 つまり、やはり動物はいないことになる。

 食人鬼が全て、食べ尽くしてしまったのか……。なんとなくだが、この世界のことが分かってきた気がする……。みんなの発言と反応で予想していくしかないのが、難しいところだ。しかも怪しまれないようにとなると――。


 気を遣う。

 これで仲間は全員か? とは、間違っても聞いてはならないことだ。


「ねえ、ドット」


 と、テトラ。

 彼女は、滝壺に飛び込もうとするルルウォンをわざわざ止めてまで。

 聞きたいことが、俺にある……嫌な予感だ。


 ターミナル、ルルウォンと違い、彼女は――テトラは、俺に違和感を持っていたような素振りを見せていた。

 それを有耶無耶にするのではなく、きちんと消化しようとしているところは、彼女こそがこのチームの、トップでなくとも、ブレインなのかもしれない。


「質問、してもいい?」

「えー、お腹空いたよテトラー。あたしは潜っててもいい?」

「ダメ。ルルウォンもいて」

「……どうしたんだ、テトラ」


 テトラの冗談ではない目に、ルルウォンもターミナルも、肩に力が入る。


「わざわざ集めて、聞くことなのか? ただの雑談ではなさそうだが……」

「マスター、なんて呼んで忠誠心があるくせに、違和感にも気付けないの?」


 喧嘩腰のテトラだが、ターミナルはどこ吹く風だ。


「違和感があったところで、マスターはマスターだ。疑う必要はない」


 その言い方だと、問い詰めないだけで気づいていたってことになるけど……。


「え、なにが?」


 ルルウォンは気づいてなさそうだった……、彼女らしいな。

 あと、脱ぐな。潜るつもりでも――せめて胸は隠せバカ!!


「マスターの目に毒だ、いいからさっさと服を着ろ」

「えー。ドットもこういうの好きでしょ? あれ? 好きだよね?」

「………………………………………………………………………………」


『マスター(ドット)?』


 ターミナルまで冷たい視線を向けてきたので、すぐに否定する。


「き、嫌いだからっ、服を着てくれ頼むから!!」

「……おかしいなあ。ドットはこれで喜ぶけど」


 やめろ、俺も知らないお前とドットの関係性をここで放り込んでくるな!

 俺だってどうしたらいいか分からないんだよ!!


 裏で、ドットとルルウォンがそういう関係性だったとしたら……否定もできないし……魂が戻った時、ドットに迷惑がかかる。もう遅いかもしれないけど……。

 あと、あっち(ドット)もちゃんと『俺』をやってるよな?


「まあ、いい。それはあとで問い詰めるとしてだ」

「そうね」


 ターミナルとテトラが結託してる……、部外者の俺でもヤバそうだって分かるぞ。


「テトラ。用件は?」

「単刀直入に聞くけど」


 ごくり、と生唾を飲む。

 緊張が走る……それを強く感じているのは、俺だ。

 後ろめたいことがあるから……俺だけが、容疑者だ。



「ドットは……私との出会いを、この場で言える?」



 ……絶体絶命とは、このことだ。

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