第8話 最後のひとり
音が原因だったのだろうか。
それとも、範囲内に入ったから?
もしくは、匂いも……。
ターミナルとルルウォンがいち早く反応し(俺が遅いだけだろう)、前方から近づいてくる存在に気が付いた。
食人鬼。
……どこにいる? ではなく、どこにでもいると考えた方が良さそうだ。
洞窟内。
もしかしたら、食人鬼の巣窟だったりして……――。
「テトラの爆弾の音、聞こえないね」
「洞窟内が崩落して、脱出できなくなると気づいたんだろう……。それか、知っていたが、やむを得ず一度だけ使って身を隠し……夜時間をやり過ごそうとしているか、だな」
「呼んだら返事をすると思うか?」
「マスターの声なら分からないが……、私たちじゃあ間違いなく無視だな」
三人から俺への信頼は厚いが、周りの三人の仲は良くなさそうだ……。
「分かった、なら俺が――」
道の先。
続々と出てくる灰色の食人鬼たち――、すると、小さく、だ。
本当に小さく、少女のか細い声が聞こえた気がした……。
反射的にターミナルを見ると、
「……テトラの声だ」
「あたしも聞こえたよ。……ほんとにピンチっぽいね」
多くの食人鬼の先に、最後の仲間がいる。
彼女の武器は爆弾らしいが、この狭い洞窟内では使うことができない。
……できるが、使えば洞窟が崩壊する。
食人鬼を一掃できるかもしれないが、同時に自分自身も生き埋めにしてしまうだろう……、俺たちのことも。だから使い渋っているのだ。
そのせいで、彼女は命を危険に晒している。
「…………」
腰のポーチを探る。
もう勘だ、手に取ったそれを握り締め、駆け出した。
「ッ、マスター!? ああもうっ、どうして今日はそうも無茶な行動ばかりするんだ!」
「いつもの冷静なドットじゃないね。不調だから? 酔ってたりする?」
後ろでなにか言われているが、今は目の前のことだ。
灰色の食人鬼――。
周囲が薄暗いこともあり、近くで見るとかなりホラーな存在だ。
ゾンビではないので、腐臭や気味が悪い体の破損はないが、灰被りによって潰れた目と鼻、前に集中している上下の歯――そして全身の汚れた白さが、ビジュアルではなく、生存本能に訴えかけてくる恐怖を感じる。
山で遭遇する熊のように。
見た目はそう怖くなくとも、いざ目の前に立っていて、見つめられると……体の芯が一気に冷える感覚……――それと同じだ。
体が硬直しそうになる。
そうなる前に、握り締めたトレジャーアイテムのスイッチを親指で押す。
カチ、という音が響き、立方体のトレジャーアイテムが真っ赤に染まり――左右に伸びた。
洞窟の端から端まで。数体の食人鬼を、貫かないまでも、左右に押し出すことに成功した。
伸縮する棒に変化する……、そういうトレジャーアイテムか。
スイッチを再び押せば、元に戻る――伸縮制限は分からない。使い方次第では武器にもなるし、もっと多用な使い方もできるだろう。使い手によって有用かどうかが変わるアイテムだ。
「マスターッ、立ち止まるな! 食人鬼がくるぞッ!!」
背後、伸びてきた灰色の腕が、俺を掴もうとして――しかし。
食人鬼が口を閉じた。
唾液を垂らして、だらしなく開いていた口が、力を入れて閉じられた……俺を見て、だ。
見間違いでなければ、俺を見て躊躇したようにも見えたのだ……。
俺に、怯えて?
「ッ、なら、好都合だ!!」
襲われないならそれに越したことはない。
理由は気になるが、そんなものは後でいい!
食人鬼たちの間をすり抜け――食人鬼の動きが極端に遅いわけでもないのに、誰も俺に見向きもせず……見逃してくれたのか? それとも、こいつらにとって、俺は敵ではない――?
洞窟の先。
薄緑色の、蛍のような小さな光が多く集まる、高く広い空間に出た。
俺の足音に、一か所に集まっていた食人鬼が振り向いて反応し……、だが、じっと見ているだけで襲いかかってくることはない。
これは、本当に……?
ゆっくりと、近づいてみる。
一体目の食人鬼とすれ違っても、背中を見せても、襲ってこない。二体目、三体目も同様に。
気づけば、食人鬼が群がっていた狭い穴の前まで到達していた……。
蛍の光が集まってくれたおかげで、穴の先がよく見える――いた。
焦って逃げたせいか、大股開きでパンツが丸見えの――少女。
「いたっ、助けにきたぞ、テトラ!」
「え……ドット……? ッ、どうやって!? だって食人鬼が――」
喋っている途中で気づいたようで、まずスカートを押さえた。
上と繋がっているスカートは、俺がよく知るワンピースだった。
「食人鬼なら大丈夫。今ならいないから」
実際、たくさんいた食人鬼は俺から逃げるように、横の窪みに隠れてしまっている。
こっちを窺っているが、襲い掛かってくることはないだろう……。
する気があるなら今すればいい。
テトラ(本人だよな?)を助けてから一網打尽にするつもりか? とも思ったが、俺が助けるまでもなく、自力で追い詰めているのだから、時間はかかるかもしれないが、テトラを仕留めることだってできないわけではない――。
食人鬼が嫌うなにかを、俺が持っているのかもしれない。
無自覚にスイッチが入っているトレジャーアイテムのおかげとか?
「ほら、手を伸ばせ、助けてやるから」
「うん……」
伸ばされた手を掴む。
彼女の手が冷え切ってしまっている……、洞窟内だから肌寒いせいだろう。こっちは必死に動いて、体が火照っている……テトラの手を、徐々に解凍していっている手応えがあった。
ぐっと引っ張り……しかし筋力がないせいか、上がらない。
魂は高校生でも、体が小学生ほどだと、女の子の一人も引き上げられないのか……っ!
「傷つくんですけど……」
「う、」
「そのアイテムで助けてよ。伸ばしたところを私が掴んで、縮めれば上がれるでしょ?」
なるほど、と手を打った。視野が狭いな、と反省だ。
テトラの言う通りにトレジャーアイテムを使い、彼女を引き上げる。
周囲の小さな光が集合し、這い出てきたテトラを照らしてくれた……ので、よく見える。
綺麗な水色の髪だった。
肩ほどの長さのショートボブである。
長くもなく短くもないスカート丈のワンピースを身に付けており、背中には小さなバックパックがあった。
ずれていた星型の髪留めを付け直し――テトラが周囲を見回す。
「……ドット、なにしたの?」
「分からない。なぜか、食人鬼が隠れちゃってさ」
「ふうん」
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