第6話 滝の下

 言って、ターミナルが体重を前へ倒した。

 俺を連れて――崖から飛び降りる。

 その寸前で、背後から歯をガチン、と噛み合わせる音が聞こえ……。

 食人鬼が、もうすぐそこまで迫っていたらしい……、――ギリギリだった。

 命拾いしたが、早速、落下が始まる。


 今更ながら思い出したが、俺の腰のポーチには多くのトレジャーアイテムが入っていた。だが、中身がどういうものか分からない。

 迂闊に触って爆発でもしたら最悪だ……だから結局、使えなかったのだ。

 こうするしかなかった。

 でも、だからこそ合流できたのだろう――。


「マスター、私にしっかりと掴まってくれ」


 加速していく落下――このまま地面か、水面に叩きつけられて、

 すると、こん、と岩肌にぶつかり、途中の岩の出っ張りに引っ掛かったなにかがあった――……トレジャーアイテム。それは下から投げられたものだった。

 真下には人がいる。


「おーい、ドットぉー、ターミナルぅーっっ!!」

「――やっぱりいたか、ルルウォン!!」

「もう大丈夫、あたしのアイテムで、すぐに引っ張るから」


 引っ張る? 落下してる人間を、どう引っ張るつもりで、

 ――ぐんっ!! と、真上に引っ張られ、思わず舌を噛みそうになった。

 落下どころかゆっくりと真上に上がっていく……なにが、起こって……?


「磁力だよ、マスター」


 真下から投げられたトレジャーアイテム。出っ張った岩に引っ掛かったそれは、磁力を発生させる効果を持ち、ターミナルの鎧を引き寄せていたのだ。

 スイッチを押してから起動するまで、時間差があるアイテムらしいが……、だから投げた本人の予測に依存していた。危ない橋でもあったわけだ。

 こうして助かったからいいけど、少しでもタイミングがずれていたらと思うと……、ゾッとするな……。


 引き上げられている途中でアイテムの効果が切れる。

 ふ、と力が消え、俺とターミナルが真下へ落下した。


 水面ではなく硬い地面に尻を打ち付ける。痛かったが、崖の上からの落下よりはマシだと考えれば、この程度、痛くない方に入るのだろうけど。


「あれ、もう切れたの? 最大出力だったから、魔力を消費するのも早いのかも」


 八重歯を見せた少女だ。

 寝癖のような亜麻色の髪は、俺が元の世界でよく見かける野良猫を思い出させる。ついつい、撫でたくなってしまう愛嬌があり、この子もそれと同じ感覚で接してしまいたくなる。

 俺よりも随分と大きいけれど。

 この差は、昔のアキバとの距離を思い出す。……アキバと違うのは、目の前の彼女は、上に立つよりも、下で自由奔放としている感が強いのか。

 猫にしては、強く尻尾を振っていそうな気もするが。


「おかえり、ドット……と、ターミナル」

「た、ただいま……」


「ルルウォン。一人みたいだが、テトラは一緒じゃないのか?」

「知らない。あたしたちとは違って潔癖症だし、汚いところには近寄らないんじゃないかな。もう既に森の中から脱出していたりしてー」

「マスターを置いて先に脱出するか?」


 あり得ない、と言いたげなのがよく伝わった。


「テトラが一番、分かりやすく見つけられると思ったんだけどなー。だって元爆弾魔だから――テトラがいるところで爆発ありでしょ?」

「そう言えば、まだ爆発音を聞いてはいな、」


 その時、ボッッ!! という、くぐもった音が聞こえた。

 外ではなく、森の中だ。

 しかも、内部から――。


「……この感じ……洞窟にいる?」

「この時間に? 食人鬼に狙われ放題だよね?」

「出入口が限られているなら最悪だな……、私たちみたいに崖から飛び降りることもできない」


 緊急避難の一つとは言え、もう二度としたくはない逃げ方だ。


「…………助けにいこう」


「ドット?」


 亜麻色の少女・ルルウォンが振り向いた。

 慣れるまで時間がかかりそうだが、今の俺は『ドット』と言うらしい。

 赤髪の少年で、名はドット……。


 そして美少女二人……、もしくは三人を侍らせていながら、一人には『マスター』と呼ばれている――。容姿は中学生に近い、魂の入れ替わり先のこの少年は、一体……。

 ――今の俺は、どういう人間なんだ……?


 まだ分からない。しかし、この場面で「助けにいこう」と言っても怪しまれないくらいには、俺と似ている性格だったのかもしれない――……良かった。

 ここで「見捨てよう」と言うような魂の器だったら、乗っ取ることも考えたが、正体を隠して、この輪を維持することは、当初と変わらないことになりそうだ。


 俺はよそ者であり、この輪の中心は、彼である――。

 ドットのものなのだ。俺が勝手にいじっていいものではない。


「……危険しかないだろうけど、それでも助けたい……付き合ってくれるか?」


 ターミナルとルルウォンは、お互いの意思確認をしない。

 即答だった。


『もちろん(だ、マスター)っ!!』

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