第5話 夜の時間
「……マスター、残念ながら時間だ」
結局のところ、ぐっすりと眠れたかと言えば頷けない。
何度か意識が落ちたとは言え、十分もすれば起きてしまっていた。
やはり慣れない世界にいることと、今後の行動をどうするのか、不安があるせいだろう。
目を瞑ってはいても、頭の中ではぐるぐると思考が回っている。
だからターミナルの呼びかけ一つで飛び起きることができた。
周囲が暗くなっている……『夜』が始まる。
森の奥から近づいてきたのは、二足歩行の……――なんだ、あれは?
ただ、歩く速度は遅い。
まるでゾンビのような緩慢な動きで、ふらふらとした足取りで近づいてくる。
体は白い、のか……? 頭から灰を被り、そのまま固まってしまったような――。
だから目と鼻が覆われており、肌色がなく、全身が灰色だった。
あれが、食人鬼族……。人を食べる鬼と書いて、なのか……?
細い体だ。男か女かも分からず、そもそも性別があるのかどうかさえ――。
すると、相手が口を開けた。口までは、まだ灰は被っていないようだった。
前方に、鋭利に集中している上下の歯。
滴る大量の唾液が足下の地面を溶かし、凹ませた。
『ガカァ、タベ、モンガッッ……』
そして、食人鬼族が駆け出した。
「は、速、っ」
予想外だった。
ゾンビのような足取りだから、ゆっくりとしか歩けないというのは俺の思い込みだが、それにしたって、速い。――速過ぎる!
突っ込んでくる食人鬼族が両手を左右に広げ、その長い腕が俺たちを狙う。
「マスター、食人鬼族がいない道は、どの方角になる?」
屈んだターミナルが、靴の踵を指で、すぅ、となぞる。
カチ、という機械的な音と共に、ターミナルの靴が紫色に光った。
ターミナルの格好……、上半身に多い鎧が、なぜか下半身には少ないと思っていたが、このためだったのか。
彼女は足技を多用する。
だから重たい鎧を下半身に身に付けることを嫌ったのだ。
身軽な動きで繰り出された蹴りが、食人鬼族の頭部を捉える。
その一瞬後、灰色の食人鬼族が、湖の水面を転がり、向こう側まで飛んでいく。
「た、ターミナルっ、踵から、煙が……ッ」
「トレジャーアイテムの使用回数切れだ……慌てることはないだろう、マスター?」
その言い方は、予備がある、と捉えていいんだよな?
リノスが持っていたトレジャーアイテムとは違い、近代的に改造(……なのか、一から作り直したのかは分からないが……)されたトレジャーアイテムは、回数制限を越えたら機能を失うようだ。壊れるまではいかないが、新しく魔力を『補充』しなければ使えない。
そして、使う度に劣化していく……。
ターミナルのアイテムから煙が出ているのは、そろそろ寿命だからか?
「トレジャーアイテムは貴重品」「姫であれば入手するのは難しくない」――と言っていたのはリノスだったが……。
今の俺がいくつも抱えているように、トレジャーアイテムはそこまで貴重品ではないのではないか? リノスが言うトレジャーアイテムと、この場にあるトレジャーアイテムが別なら、話は変わってくるが……。
「マスターッ! 音に反応して、すぐに次の食人鬼族がやってくるぞ!」
蹴り飛ばされた食人鬼も、既に起き上がっている。
湖を挟んでいるので大回りをする必要があるから、時間はかかるだろうが……。
周囲から食人鬼族が集まってくるなら、逃げ道は吟味しなければならない――。
しかし、そんな時間があるか?
考えている間に、逃げ道が塞がれてしまう!
「たぶん正解はない……、進んだ先で臨機応変に対応するしかない!」
ターミナルの手を掴む。
「こっちだ!」
「マスター!? だが、そっちは……っ」
食人鬼は見当たらなかった。
勘で選んだ道だったが、正解だったか……?
ターミナルの手を引き、森の中を走り抜け、飛び出した先は――
「ダメだマスターッ!! そっちは崖だっ!!」
つま先が地面を見失う。
ターミナルが引っ張ってくれたおかげで、なんとか落下することはなかったが……。
だが、選んでしまった以上は、もう引き返せない。
背後には、近づいてくる食人鬼が複数体……いる。
「やばい……どうする……?」
「仕方ない。……マスター、飛び降りよう」
「はっ!? 下は……確かに滝壺があるけど、この高さは無事じゃ済まないだろ!? それとも落下の衝撃を殺せるアイテムでもあるのか!?」
ターミナルがゆっくりと首を左右に振った。
違う? じゃあ、だったら飛び降りれるわけがないだろ!
「引き返せないなら飛び降りるしかないけど……、こうなったら正面から食人鬼と戦った方がまだ生き残れる可能性があるんじゃないか……?」
囮を……、しかし自分のことを下僕とまで言っているターミナルが、俺を囮にして逃げてくれるわけもないだろう。
逆も同じく。
俺が、この子を囮にして逃げることも、今はいいが、今後のことを考えれば選べない選択肢だ。
――飛び降りるしかないのか……?
「大丈夫だ、マスター」
「どうしてッ!」
「マスターの下僕は、私一人だけではないからだ」
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