第3話 分裂と分岐と分身
魂が入れ替わったなら、外側は変化がないはずだ。
たとえ異世界でリノスがトレジャーアイテムを握っていたとしても、転移ではないのだから、持ち物まで世界を跨ぐことはない。
事実、外見に変化はない……、アキバの髪が金色になっているのはまだ置いておくが、髪色以外はアキバ本人のものである。
なのに、異世界にあるはずのトレジャーアイテムがどうしてここにある?
単品で世界を跨いだのか?
「それは…………、あくまでも推測ですけど、魂が入れ替わった時、わたしの魂に乗っていた魔力分だけなら、こっちの世界に持ってこられたらしいんです。今は魔力0ですけど、入れ替わったばかりの頃はトレジャーアイテムを起動できるくらいの魔力があったんです――」
だけど今はもうない……、なにに使った?
「……焦っていたんです。だから『スイッチャー』を呼び出そうとして、『トレジャーボックス』を呼び出しちゃったんです……」
「……あー、なんとなく分かった。その、スイッチャーが欲しくて、それを入れていた箱ごと呼び出しちゃったんだな? で、箱を呼び出したことで魔力が0になり、スイッチャーを起動する魔力もなくしてしまったと……合ってるか?」
「はぃ……ぐうの音も出ないです……」
「怒ってるわけじゃないけど……あとぐうの音を出してくれ。そうです、くらいは欲しいぞ」
ぐうの音も出ないは、外側から見れば無視だからな?
コミュニケーションを切らないでくれ。
「異世界にこれが残っていれば、アキバが見つけて起動していたかもしれないけど、こっちに持ってきちゃったから、魔力がないこの世界ではどうしたって起動できないから――詰み、ってことか……え? マジで元に戻る方法がなくないか?」
「いえ、トレジャーアイテムは貴重品ですけど、一つではないので……。わたしは元の世界では一応、お姫様なので、トレジャーアイテムが入手しやすい立場にいます。入れ替わって、わたしの体に入っている人が上手く立ち回れば……、もう一つの『スイッチャー』を入手することもできると思いますけど……」
今のところ、異世界でアキバが問題を解決することしか、現状の解決の期待はできないらしい。
なにかしたい、と体が落ち着かないが、こっちの世界でできることはない――。
アキバの手助けになることも……ないか。
「ん? あれがそうか?」
部屋の奥。たぶん、リノスが呼び出したと言ったトレジャーボックスがある。
分かりやすい宝箱だった。
蓋が開いたままだったので、中を覗き込んでみる。
なにも入っていなかった。
「あっ、そう、それです! しずくっ、問題が発生したんです!!」
「どうしたの?」
「ないんですっ、中身が!!」
「これの中身が? じゃあ、いくつか入っていたのか」
満杯ではないにせよ、人二人ほどが入れる大きさだ……。
トレジャーアイテムがいくつか入っていてもおかしいとは思わない。
スイッチャーを呼び出そうとして、焦って容れ物を呼び出してしまったのだ……、他にもあるべきである。
だけどそれがなくなっていた……盗まれた?
厳重なセキュリティが施された地下の部屋の中だぞ?
「箱の中身を、掃除しようとして……ダンボールにトレジャーアイテムを一時的に移動させていたんです。……それが、そのダンボールごとなくなっていて――」
「あ、」
と、口を押さえたのは委員長だ。
……ほお? 心当たりがあるようだ。
「ダンボールって、そこにまとめられていたものなら……お昼過ぎに捨てちゃった、よ……?」
ぱんっ、と両手を合わせて「ごめんね」と――委員長。
昼過ぎか。なら、まだ持っていかれてはいない……いやギリギリか!?
「持っていったのは、上のゴミ捨て場だよな!?」
「うん――トンマくん!?」
「あれがないと困るんだろ!? こっちの世界に魔力がないなら誤爆することもないだろうし、放っておいてもいい気もするが、リノスの大事なものなら取ってくる!」
宝箱を見せられたら、あれは宝物だと言われている気分になる。
回収できたかもしれないのに怠慢でチャンスを潰すのは気持ちが悪い。
「すぐ戻る。待ってろよ!」
「あっ……」
なにかを言いかけたリノスだったが、ここで立ち止まって回収できなかったら、俺以上にリノスが重く受け止めることになる。ここは無視して回収を優先する。
地下から地上へ上がり、靴も履き替えずに外へ出る。
ゴミ捨て場にはたくさんのゴミがまだ残っており……まだ回収はされてはいないみたいだ。
もしかしたら、今日はもう業者はこないのかもしれない……。焦らずとも良かったか……だが、結果論だ。
結果が見えたから落ち着いていられる。
金網で囲われたゴミ捨て場の中へ。
ダンボール……がいくつかあり、一つずつ開けていく。
三つ目のダンボールを開けると、地下で見たトレジャーアイテムとそっくりの置物があった。
手の平サイズで重量感がある。石から切り出したような素材感覚だ。
細い溝があり、電流が流れる回路のように、ここに魔力を流し込むことで起動するのだろう。
青く、溝が光る……こんな風に魔力を流せば起動を、
「は? 起動、してるのか……?」
「トンマくん!!」
振り向けば、金網の外に息を切らしたアキバ――いや、リノスがいた。
「リノスっ、俺、魔力なんて持ってないのに、これ起動したんだけど!!」
「トレジャーアイテムは魔力を吸収するの! こっちの世界は電気がなければ動かない製品がたくさんあるけど、充電することで動き続けるものがあるでしょ――それと一緒なの! スイッチャーはもう魔力がないから起動しないけど、そのアイテムは――『レコード』は魔力が残ってるから……っ、下手にいじると起動する!!」
ひし形のアイテムが青く光り出す。
まさか、これで俺も異世界に――?
と思ったが、青い光に奪われた視界を取り戻した後……見えたのは目を瞑る前と同じ景色だ。
なにも変わっていない……世界は、なにも。
リノスも、後から追いついた委員長も、変化はなく――。
だけどぽかんと口を開けている二人を見れば、変化はあったのだ。
「トンマくん……が、」
アイテムの効果を知らない委員長の方が戸惑っている。
リノスは、知っている分、動揺が少なかったようだ。
「捕まえてっ! ――トンマくん!!」
両脇にいたのは、もう一人の、俺…………?
両脇だから、一人ではなく、二人の『俺』がそこにいた。
『はは、本物は――邪魔だよ』
二人の俺がゴミ置き場の外へ。
そして外側から、金網を閉められた――ガチャリ、と南京錠がかかる。
「ッ、委員長っ、鍵は!!」
「職員室だと思う! すぐに取りにいってくるから!」
「待ってしずく! その前に二人の分身を捕まえてからじゃないと、」
俺の分身の手で、リノスの口が塞がれた。
声が出せないリノスは、「むーっ」と振り解こうとしているが、さすがに男の力には敵わない。リノスが元々、腕自慢だったかは知らないが、今はアキバの体だ、細いその手に俺の手を振り解ける力があるとは思えない。
「おい! 俺の分身のくせに、アキバに乱暴するのか!?」
『俺たちはもうお前じゃない。お前とは違う道をいく――本物がいると邪魔なんだよ』
『お、見つけた。これがトレジャーアイテムか。魔力を流し込めば起動するんだったな――』
リノスが持っていた立方体だ。
スイッチャー……その立方体の溝が、赤く光り出す。
「それは……魔力がないと動かないんじゃないのか……?」
『トレジャーアイテムによって生まれた俺たちには、少しの魔力が残る。一度、アイテムを起動させるくらいの魔力があるみたいだな――運がないな、オリジナル』
金網の外から、もう一人の俺が、立方体を握りながら人差し指を俺に向ける……。
まるで銃口を突きつけているかのように。
『邪魔者はこっちの世界にはいらないんだ。だから飛べ――向こうの世界へ』
「待て――」
『いいや、待たない』
赤い光が溝から指へ移動し、まるで弾丸を撃ち出すように、指先から赤い光が伸びた。
俺の額を捉える。
世界が赤光に染まった。
『こっちは上手くやる。だから向こうでアンタらしい生き方を模索するんだな』
赤光の隙間から、手を伸ばすリノスが見えた。
俺も手を伸ばす。
だけど、金網に阻まれて、その手は伸び切らない。
その間に。
景色が歪み、世界が混ざる。
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