薔薇の姫の行方 5
「おうかん……?」
レーヴェ竜王陛下が、王冠を玩具のように弄んでる絵本があった。
これ自体には何の意味もないさ、じゃらじゃらの宝石は高価だけどな、と。
これはアリシアと皆からの信頼の首輪みたいなもんだな、これに籠められたディアナの皆の気持ちが、オレをこの地上に繋ぐ、と。
その絵本には竜体の竜王陛下が王冠を頭に載せてる絵もあってとっても可愛かった。
繋ぐということは、竜王陛下は天に還りたかったんだろうか? とレティシアは絵本を読みながら想っていた。
それともサイファがレティシアといてくれるように、シルクがフェリス様に添うように、レーヴェ竜王陛下は好んでアリシア妃とディアナの民に尽くしたんだろうか?
「ディアナの王冠はマリウス陛下とともに。……フェリス様は兄上をお支えに」
僕は陛下のものだから、とフェリス様は仰ってた。
いまはサリア王であるネイサン叔父様がどこか不服げに父様に仕えていたのとは違う。
兄君を支えることに少しも屈託のない御様子だった。
「マリウスは退屈で、凡庸な男よ。レーヴェ神に瓜二つのフェリスの足元にも及ぶまい……」
この悪者、何故だかフェリス様の評価はやけに高いわ。
でも人攫いはフェリス様推し友の会には入れないわ。
レティシアのフェリス様推し友の会は善良な方限定よ!
それに愛する推しを褒める為に、他の方をお下げするのは恥ずべき行為よ!
フェリス様はマリウス陛下を貶さなくても常に輝いてるわ!
「小さなレティシアよ、間違ってるとは思わないか? どれだけ愚かでも、ただ先に生まれただけの男が王になるなど」
そこには個人的な怨恨でもあるのか、男の周囲の影が濃くなった気がした。
「神が御定めになった王……」
神殿の祝詞のような言葉をレティシアが唇に乗せかけたら失笑された。
「馬鹿馬鹿しい。まことに神が選ぶのならば、世に愚かな王などおるまいよ。だが実際にはこの世には愚かな王が溢れている」
「さっきリリア僧を憐れんでらしたのに……神を信じてはいらっしゃらない?」
どうしてだろう?
レティシアがそう尋ねたら、男は皮肉な寂しい顔をしていた。
「むしろ、おまえは、何故、神など信じられるのだ? レティシア? 神がおわしたら、おまえをサリア王宮の孤児にしたうえ、幼くしてディアナに嫁にはやらぬのではないか?」
「わたしは……」
神様のことはわからないけど、毎日、フェリス様のところで竜王陛下に話しかけてるせいか、ディアナにいると、竜王陛下がいるのがとても自然なの。
レティシアの婚約者様がレーヴェ様そっくりなこともあるけれど……。
竜王陛下が約束通り、ディアナを守ってくださってる気がする。
そしてたとえ竜王陛下が天上で忙しくて、ディアナのことまで手が届かなくても、
何て言うか、竜王陛下がたくさん残していった想いのかけらにディアナは守られてる気がする。
サリアではサリアの女神様は天から民を御守りくださるイメージだったけど、ディアナでは地上のそこかしこにレーヴェ竜王陛下の優しい面影があるの。
「ああ、そうか。おまえはディアナの神の貌をした男と結婚する姫だな。それで余人より、神も身近なのか? あの男のなかにディアナの神が見えるのか?」
「……? ディアナの神様は竜王陛下で、フェリス様はフェリス様です」
この悪者にうまく説明できる気はしないんだけど、フェリス様は竜王陛下とお顔は似てるけど、神様なんかじゃなくて、普通に可愛い人の子というか……。
ごはん食べるのめんどうだなーてサボろうとする、十七歳の少年というか。
歳より凄く大人っぽくて、やたらと賢い何でも出来る人だけど、神様とは似てない。
また王太后様に絡まれたて傷ついてるし、僕の大事なレティシアは何が楽しいんだろう? て一緒に一生懸命考えてくれる。
大事な私の推し、私の友、私の婚約者なの。
「おまえの婚約者は、神にも王にも成り代われるほどの男だと思わんか?」
「想いません。そんなこと望んでらっしゃいません。フェリス様の夢は最果ての森の魔導士です」
最果ての森で、売れない魔法薬作って、ひっそり暮らしたいって言ってた。
(でもきっと何処行ってもうっかりそこの人の面倒みてそうな方だけど……)
何故かやたらと王位簒奪薦められるけど、フェリス様、王冠なんて欲しがってないと想うわ。
「馬鹿馬鹿しい、無欲も度を過ぎると罪悪よ!」
何言ってるのよ、無欲だろうと野心家だろうと、フェリス様の人生よ。ほっといてほしいわ。
王太后様といい、皆して勝手な妄想たくましくして、うちのフェリス様を困らせないで。
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