薔薇の姫の行方 4

「可哀想なレティシア。生まれた国でもディアナでも邪魔者の姫」


「そんなことは……」


想定外よね。前世でいるのかいないのかわからなかった薄い子だった私が、生きてるだけで王位の邪魔になる姫に生まれ変わるなんて。あんまり嬉しい想定外ではないけど。


「おまえの夫となるフェリスもまた、ディアナの邪魔者の王弟殿下」


「いいえ、それは違います! フェリス様はディアナにもシュヴァリエにも必要な方です!」


「………」


あんまり小さなレティシアが勢いよく言い返したので、虚ろな瞳の悪者も驚いたようだ。


気が付いたんだけど、フェリス様のことだと異様に瞬発力があるの。


最初に、王太后様の御茶会で、フェリス様の側妃がどうのと言われて言い返したときも、普段、自分の事を悪く言われたレティシアならあんなに素早く言い返せない。


これが、推しを想う心、推し力というものかしら?


「そうかな? ディアナの王太后はそう想っていないようだが? フェリスは兄が竜王剣を抜けぬとの風説の流布を疑われ、謹慎の沙汰を受けたと……」


「それはただの誤解です。王太后様はディアナを想うあまり、少しばかり神経が過敏になられていたのです。フェリス様はマリウス陛下を愛してやみません。兄上の為にみずから噂を流した者を捕らえられました」


怯んではならない。付け入る隙を与えてはならない。少しでも足元がぐらつけば、そこに敵は付け入るだろう。フローレンス大陸でもっとも豊かなディアナ王家の醜聞は、さぞや誰かのうまい酒の肴となろう。


「……おや、それは、本当だろうか? 寄る辺ない無実のリリア僧たちに、悪辣で卑怯なフェリスは罪を擦り付けたのでは? 異国で布教に励んでいたのに、何と可哀想なリリア僧達……」


「フェリス様はそんな卑怯なことしません! リリア僧達は、レーヴェ竜王陛下の絵を燃やしてらっしゃいました。あまり可哀想には見えませんでした……」


リリア僧が広場で火遊びしてたから、人生初のフェリス様とのほのぼのデート、中止になるかと思ったわ。うちのフェリス様、あんな無礼な人たち止めるのにお花降らしてらしたけど。優しいフェリス様。


「小さなサリアの姫よ、あんな世にも冷たい男を随分信じたものだな?」


「私の婚約者様は、世界で一番優しい方です。……ディアナを愛し、シュヴァリエを愛し、竜王陛下を愛し、……幼い婚約者にも礼節を持って尽くしてくださいます」


「そんな立派な男には、ディアナの王冠が似合うと思わないか?」


フェリス様に王冠? とレティシアは小首を傾げる。レティシアが小首を傾げると、さらさらと音をたててゆたかな金色の髪が流れ、虚ろな男の瞳をひきつけた。


王冠と言われると、義兄のマリウス陛下よりさきに、いつも宮で見上げている絵の中で、明るく笑ってる御先祖のレーヴェ竜王陛下の貌が浮かんで、何だかこの状況なのにレティシアの肩に入っている力が抜ける気がした。

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