薔薇の姫の行方 2

物慣れた女官が黒衣の男に変化したのも驚愕だったけど、黒い闇に呑み込まれていくのがレティシアは物凄く気持ち悪かった。


(ここは空気が悪い。僕のレティシアが穢れる)


と嫌そうに眉を寄せるフェリスの美しい貌を思い出してた。


凄く怖かったのに、そのフェリス様のお貌を思い出すと、何だかほっとした。


人形のように綺麗なその貌の下にはいろんな優しい気持ちがある。


それはなかなか伝わりにくいけど、もはやフェリス様自身が報われることを半ばあきらめ気味の御様子だけど、確かにフェリス様の中にある。


誰かに愛されたいとか、誰かにわかってもらいたいとか、ちゃんと話さなきゃいけないのにうまく話ができないとか、諦めきれなくて想ってるときはしんどい。


レティシアも、叔父様や叔母様の様子がひどく変わってしまったけれど、何か誤解があるだけで、ちゃんとお話しすれば親族なんだしきっとわかってもらえるはず、と思ってたころはしんどかった。


これはもう叔父一家とお話するのは無理みたいだ、と諦めてからは少し落ち着いた。


諦観しただけで、幸せになった訳ではないけれども。


(……レティシア)


でもフェリス様に逢ってわかったんだけど。


好きって、ただ好きなんだなあ、と。


信じられるとか、理解しあえるて、話し合いとか理屈じゃないんだなあ、と。


レティシアは、フェリス様のこと、いまもそんなに何もかも知ってる訳じゃないけど、無条件でフェリス様を信じられる。


謹慎騒ぎでシュヴァリエに移動して過ごすようになっても、毎日他愛ないことしか二人でお話してないけど、フェリス様が陛下や王太后のことを想ってるのは伝わってくる。


(僕の大切なお姫様)


どんなにフェリス様がレティシアを大切にして下さってても、レティシアはこんな風に誰かに攫われるほど重要人物ではないと想うんだけど、どうなってるんだろ?


もしやフェリス様に恋する令嬢の仕業(あるいはフェリス様を婿にお迎えしたかった御家の仕業)?


このちび、ちびなのに、フェリス様の花嫁になるなんて、邪魔だわって?


いや、いくら何でも、王太后様の女官を騙って、そんな大胆なこと………。


「……だ、れ?」


レティシアが攫われたりしたら、フェリス様が泣いてしまうわ。


レティシアはフェリス様を心配させてはいけないのよ……。


「……うわあああ、腕が燃える!」


すぐ近くで悲鳴があがった。


レティシアを抱えていた黒衣の魔導士が叫んでレティシアを放り出した。


ひどいわ。


あんな人攫いの悪人に抱えられてるのも嫌だけど、小さい姫を床に放りだすってどうなのよ。


怪我するじゃない。


「……あれ? 私が燃えてる?」


レティシアはきょときょとと自分の身体を見回した。


青い炎がレティシアを包んでいる。


とはいえ、レティシアを放りだした魔導士は熱かったようだが、レティシア本人は熱くない。


そして石造りの床に落とされたが、痛くはない。


この青い炎、レティシアを包んで防御シールドみたいになってる……?


もちろんそんな魔法はレティシアには使えないので、フェリス様が何か守護魔法をかけてくれてたのかな?


それとも毎日一緒にいるから、フェリス様の竜の気がレティシアについてきてくれてるのかしら?


何にしろ、少しは心強い!


ここが何処だかわからないけど、フェリス様のところに早く帰りたい!


「何とも物騒な子だな、サリアの姫君、レティシア殿下」


「……誰?」


金色の長い髪を石の床に散らして、青い炎に包まれながら、レティシアは己を攫った者の姿を見上げた。

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