王太后宮からのお誘い 3


「レティシア姫は本当に春の花のようにお美しいですね」


「私よりフェリス様のほうがずっとお美しいのよ」


王太后宮への移動の馬車の中で、レティシアは王太后宮の女官の誉め言葉に微笑んだ。


フェリス様効果でディアナでは「お美しいレティシア姫」「可愛らしいレティシア姫」と言って頂くのにもちょっと最近慣れて来たよ! じーん!(感涙)


母様と父様がお元気な頃はレティシアも「サリアで一番可愛い姫君」と言われたものだけど、近頃は「不気味なレティシア姫」「不吉なレティシア姫」に成り下がって久しかったので……。


ずっと同じレティシアなんだけど……。


「不吉なレティシア姫」はディアナに来たら、フェリス様の「僕の幸福の姫」「シュヴァリエの薔薇の姫」になったの。


ひとつだけ違うのは、他の人はみんな噂でレティシアの価値を定めたけれど、フェリス様は自分の眼でレティシアのことを判断してくれた。


ここにいると、いつも、フェリス様のディアナの空と海に似た碧い瞳がレティシアを見守っててくれる。


(僕達はよく似ている)


この世の誰にも似てない、竜の神に似た婚約者殿は、レティシアをとても愛し気に見てくれる……。


「仲のよい御二人はまるで幼い頃から共に育った兄妹のようだと、皆が申しておりますわ……」


「まあ。そんな風に言って貰えてたら嬉しいわ」


兄はいたことないけれど、確かにフェリス様は優しい兄のようでもある。


そして食べ物の好き嫌いの多い弟のようでもある。


フェリス様にごはんをちゃんと食べて下さいね、て余計なおせっかいをするのが楽しい。


仲のよい家族というには、美しすぎるフェリス様だが、それでも想定外にほのぼのと家族のように過ごせて、毎日がとても楽しい……。


お夜食を持って遊びにいって、夜じゅう二人でお話しして、たいていいつのまにか眠ってしまうけど、朝、目が覚めても、フェリス様はちゃんといらっしゃる。


毎朝『どーして眠っててもフェリス様はこんなに綺麗なのかしら?どういう物質で構成されてるのかしら?』と真っ白いほっぺをつつきたくなる(まだ試したことはないの)。


昨日も今日も明日も幸福なのがあたりまえで、それがきっと「レティシア姫はお美しい」と言って貰える要因のひとつなのだと想う……。


婚礼の旅の前日、鏡に姿を写して、レティシア自身が、確かに痩せて不吉そうな娘だ、これではディアナの王弟殿下も気の毒に、と言われても、自分でもとても言い返せない、と想ってたのに。


「氷の王子と称されたフェリス王弟殿下を、レティシア姫はどうやって融かしたのでしょう?」


「フェリス様は氷の王子ではないわ。むしろ優しすぎて……」


「春の陽ざしのような姫君、こんな可愛いらしい姫を取り上げたら、フェリス王弟殿下はどんな顔をなさるんでしょうね?」


「レティシア様! この者、何か様子が……!」


不意に、レティシアの白い手を掴んだ王太后宮の女官の輪郭が黒く解けていく。


黒い闇がレティシアのちいさな身体を包む。


「……きゃ……!」


レティシアが悲鳴をあげる。


「フェリス宮は守護がどうにも強くて、お出かけ頂いて誠に助かりました、お優しいレティシア姫」


女官の顔が崩れて、女の顔の下から男の顔が現れる。


魔導士……?


「無礼者! レティシア様をはなしなさい!」


リタの悲鳴があがる。


「……フェリスさま……!」


ごめんなさい、フェリス様。


僕が戻るまで少しここにいてね、て言われてたのに。


余計な事して、何か、妖しい人にひっかかってしまいました。


この人、王太后様の女官ではなかったの……? 


そもそも女性でもないみたい……?


レティシアはフェリス様が戻るまで、フェリス宮を出ては行けなかったんだ……。


「離して…! いや……!」


果てのない闇に呑み込まれていくような感覚の中で、琥珀の首飾りがレティシアの胸で揺れていた。

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