薔薇の姫と精霊のお話
「くまちゃん。今夜はフェリス様、お夕食たくさん召し上がってたわ! やっぱり、あのじゃがいもが美味しかったからね」
レティシアは満足げにくまのぬいぐるみに語っているが、フェリスが聞いてたら、じゃがいもの妙味は僕にはそこまでわかってないんだけど、楽しそうに食べてるレティシア見てたら、食が進んだんだよ、と言いたい処であろう。
「あんな美味しいじゃがいもと玉ねぎでフェリス様にシチュー作ってあげたいかも」
だが厨房には仕事熱心なシェフ達が溢れているこの家で、そんなことはお邪魔の限りだと想うが。
「あんまり上手じゃないんだけどね、えへへ」
そんなに上手じゃないけど、この手で作ったものをフェリス様に食べさせてあげたいかも? なんて想うのは、ちょっと愛なのかもしれない。
何分レティシアの手はとても小さく、可動域も広くないのだが……。
(レティシアが作ってやったら、泣いてよろこぶな、フェリス)
いつもの精霊の声に、堪えきれないと言いたげな楽しそうな気配が漂っている。
「あ、精霊さん! そうかなー喜んでくれるかな? 刃物とか危ないって言われないかな?」
(まあそこは心配するかな……じゃあ、フェリスにも手伝わせればいいんじゃないか? 子供の食育は大事だ)
「え? フェリス様と料理!? た、楽しそうだけど、フェリス様、似合わな……」
レティシアはくまのぬいぐるみのを胸に抱きつつ、小首を傾げる。
厨房に降臨するフェリス様、可愛いけど、とても変。
前世の教会の聖堂の大天使様が料理始めるみたいなかんじ。
フェリス様の性格的に、とっても真面目に計量とかしてくれそう……。
「あ、精霊さん、今日ね、陛下と王太后様にお手紙書いてたの。神殿と魔法省にも書くつもりが、御二人で一日終わっちゃった……」
(神殿と魔法省には何書くんだ?)
「私のことでご迷惑おかけしました。お力添えありがとうございましたって……」
(神殿と魔法省は、サリアの占い師から妙な事言われたから、うちではレティシア姫にそんな予兆は見えません、て突っぱねたんだろ? そのふたつはそれが仕事なんだから、礼までいいんじゃないのか?)
「うーん。でも、レティシア姫に呪いも災いもありません、フェリス様やディアナに姫のせいで害が及んだりしません、て庇って貰えたの、凄く嬉しかったから」
(本当のことを言っただけなのに?)
「本当のことを言うの、意外に、大変なの。本当の事でも、言えないときも、いっぱいあるの……」
フェリス家の精霊の声に、レティシアは考えるように、静かに答える。
「レーヴェ神殿とディアナ魔法省は、いわんや王に過ちあれば、怯むことなく、そなたらの眼と耳もて糺せ、てレーヴェ様に託されたのが誇りだから、強いけど……何処もみんなそんなに強い訳じゃないの……」
優しかったサリアの貴族たちが、少しずつ少しずつ、小さなレティシアの周囲から遠のき、最後には誰もいなくなった日を寂しく思い出す。それで誰かを怨んだりしないけど、ただただ寂しかった。
(それはでも、大人が弱いことの責任を子供のレティシアに負わせてるんだから、サリアの者は恥じて改めるべきだとオレは想うけどな)
「私も弱かったの。いまも弱いけど。小さくても、フェリス様みたいに賢かったら、もっといろいろうまくできたのかも」
五歳でこのシュヴァリエを任されて、領地の改革を始めたという婚約者殿を想う。
レティシアには前世の記憶があっても、何もできなかった。叔父達からの迫害よりも、父や母や人々の命を奪った病魔を食い止められなかったのが悲しくて申し訳ない。
(いやフェリスも、身内関係は弱いから。だからレティシアという強い援軍を得て、凄く喜んでるぞ)
「ほんと? 私、迷惑かけてばっかじゃない? いつかフェリス様の強い援軍になれるかな?」
(いまもなってるなってる。めっちゃフェリス安定して、幸せそうだ。やっぱり愛するものを見つけた竜は元気だ)
「りゅう……? フェリス様はね、私の幸せを運んでくれた竜なの!」
(そりゃあ喜ぶな。ぜひフェリス本人に言ってやってくれ)
春の陽気に浮かれるシュヴァリエの薔薇たちも樹々も館すらも、そのレティシアの言葉に喜んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます