薔薇のジャムは初恋の味 2
「竜王剣……」
レーヴェ様の竜王剣を父上が抜けないのでは、とリリア僧達はディアナに噂を流し、フェリス叔父上がそれを暴いた。
父上の名誉の為に、フェリス叔父上は悪者を懲らしめに行ったのだ、とルーファスは少年らしく胸をときめかせた。
だが、おばあ様におかしな誤解をされて、フェリス叔父上は一度は謹慎させられてしまったのだ。
ルーファスはフェリスが好きだから、王太后がフェリスを苛めるのが悲しい。
おばあ様は怖い方だけど、いつもはちゃんとした方なのに、フェリス叔父上に関してだけは、何だか訳のわからないことをなさる。
「リリア僧は、どうして悪い事をするのですか? ディアナは竜王陛下の国なのに?」
僕の外出許可を、リリア僧騒ぎが邪魔するとは、とルーファスは不快に思った。
シュヴァリエに遊びに行って、フェリス叔父上とちびと祭に行きたいのに。
「私達のディアナは魅力的な国だろう、ルーファス?」
「はい、父上」
フローレンス大陸で一番美しい国と謡われるディアナ。
ルーファスはもちろん、ディアナに生まれたことが誇りだ。
「その豊かさを欲しがる人もいる」
「……? ちちうえが竜王剣を抜けないなどと、嘘をついてですか?」
「……そうだね」
「嘘をつくのはいけないことです。リリア僧は、そう習わなかったのでしょうか?」
「……、何か欲しいものがあると、いろんな大事なことを忘れてしまう者も世の中にはいるのだよ、ルーファス」
「いけないことです。それに、リリアの神様になんて、ディアナの人は従わない、と思います」
「どうしてだい、ルーファス?」
何処か楽しそうに、マリウスは息子に僕に尋ねた。
「ディアナ人は竜王陛下のたくさんの冒険のお話を聞いて育ちます。僕の家のように、竜王陛下が御先祖でなくても、竜王陛下は皆に近しい方です。ディアナから竜王陛下を、竜王陛下からディアナを奪えると思えません」
ディアナのそこかしこに溢れる竜王陛下の姿。
フェリス叔父上と同じ貌の美しい青年の姿。
そして天を翔け、風を呼び、水を操り、地を守る、本性の竜の姿。
我らの守護神。
世界にどんな素晴らしい神様がいらっしゃるとしても、ディアナ人が愛するのは、その陽気で優しい、やんちゃな竜の神、唯一人。
そんなことは、幼いルーファスにだとてわかることなのに。
よその国の人、リリアの僧たちには、わからないのだろうか?
「リリア信徒はディアナ人が、レーヴェ様に上手に騙されてると思ってるんだそうだよ」
「騙す? 竜王陛下は、誰も騙してません。むしろ僕達が、ずっと勝手に、竜王陛下を好きなだけのような……?」
「そうね、ルーファスが正しいわね。ディアナ人て勝手に竜王陛下好きなのよね。レーヴェ様は、オレは天に還るから、ちゃんとみんなでやってくんだぞ、て仰ったのに、諦めきれないのよね」
ポーラが微笑んだ。
「はい。竜王陛下は、ディアナの民の……じりつ? を望まれたと、神学の時間に教わりました。でも、ディアナ人は、いまもなお竜王陛下を愛することをやめられないのだと……」
ルーファスは、マーロウ先生にそこの部分を教わりながら、竜王陛下からの自立、うーん、嫌かも、と思っていた。
「そう。我らは、幾年経ても、竜王陛下の子供でいたい、甘えたディアナの民だ。到底、他の志の高い神のお眼鏡になど叶うまいよ」
マリウスも、息子の頭を撫でて、よく学んでいるね、ルーファス、と微笑んだ。
「だっておばあ様ですら……あ、いえ」
竜王陛下そっくりのフェリス叔父上にガミガミ怒る王太后であるが、ときおり、ふっと、壁画の竜王陛下を見上げているのを知っている。
「そうよ、ルーファス。偉大なおばあ様ですら、竜王陛下にとてもお弱いわ。まあそれもあって、フェリス様にはおかしなことになってしまうのだと思うけれど……」
フェリスが、僕ならディアナ人を改宗させるなんて面倒なことは嫌です、と竜王陛下本人に言ったように、よその国には立派な神様がいるのは知っているが、ディアナ人は歳寄りから子供に至るまで、レーヴェを愛してやまぬのである。
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