王弟殿下とディアナの竜 2

「花嫁交換なんて言うから、レティシアはオレにくれたんだろ? てちょっと確認に」


「レーヴェのレティシアじゃありません。サリア神は何と?」


 いつのまにそんなことをしてたんだ、我が先祖は。


「オレにはくれてないけど、フェリスには嫁にだした、て言ってた。異界から預かったレティシアを泣かせてしまった、とサリアは悔いてた。サリアは、オレよりフェリスに期待してたよ。フェリスなら、レティシアを守ってくれるだろうと」


「命に代えても、レティシアを御守りしますとお伝えください」


「伝えてもいいけど、フェリスの命に代えたらダメだろ。レティシアの望みは自分より長生きな男なんだから」


「失言でした。レティシアを守り、レティシアの為に我が身も守ります」


 フェリス様、私より先に死なないで下さい、と望んだ幼いレティシアのあの切ない声を、忘れてはならない。


「そんで、レティシアの話のついでに、ガレリアの話をしてたら、サリアが、リリアはオレに執心だったって言うから……言われてみれば、なんか昔から妙な圧は感じたような? と……」


「どうせ自分では忘れてるけど、リリア神が心傷ついたときに優しくしたとかでしょう……。息をするようにかまうから、レーヴェ」


「わっからん。でも誰だって、友が落ち込んでたら慰めるだろう?」


「……、レーヴェ、御自分が美貌の神だって知ってます?」


「同じ貌のフェリスに言われてもなー。それにリリアは美醜に騙されてはいけない、て信徒に教えてたぞ」


「教えと実際は違うかもしれません」


 神様とて、理想と現実は違うかも知れない。


「そうかなあ? でも、惚れるんなら、顔じゃないだろ? 心意気だろ? オレとフェリスなんて、美貌じゃなくて、丈夫さで愛しの姫の心を射止めてるぞ」


「一緒にしないでくださ……、レーヴェのざっくりすぎる記憶では、ちっとも詳細が掴めません」


 きっと、リリアの聖典には、レーヴェ神によるリリア神へのおおいなる無礼があった、などと刻まれてるに違いない。


今度、取り寄せて、調べてみなくては。


「オレは人間を導くなんて柄じゃないって言ったら、リリアは凄く悲しそうな顔をしてた。あれはやけに覚えてる。オレの貌が好きでも、考え方があわないんだと思う」


 そういうことは、あるかも知れない。


 レーヴェはとても優しいけど、到底、誰かの思い通りになる神ではない。


(そなたは妾には逆らわぬが、妾の思い通りになったこともない)


 ふと、義母上の何とも言えない瞳を思い出して、フェリスは居心地の悪い気持ちになった。


「神々でもひどく愛される方と、尊敬はされても人には近くない神がおられます。レーヴェは人々にとても愛されていますから、人の心を束ねることには向いてるかも知れませんね」


「人の子の行く末を決めるのは、人の子自身であるべきだ。必要以上の介入は、開かれるかも知れない未来のかたちを損ねる、とオレは想う」


「過保護なのに放任主義ですからね、レーヴェ……」


 ただ放任にされていても、ディアナの人間には、まちがいなく、竜王陛下に守られて、愛されてる、という自信があるのだ。


それはディアナを支える大きな力のひとつだと想う。


  親の愛でも、友の愛でも、恋人の愛でも、夫の愛でも、臣下の愛でも、誰かの愛がその人を支える。


 誰もいなくても、オレがここにいるぞ、とレーヴェが支えていることは、友を失くした者、親を亡くした者、恋人を失くした者、伴侶を失くした者、大切な者を失くした者たちを支えていく。


それでいて、お布施などの強制力の強い宗教ではないから、信者が多いのも当然かも知れない。


「リリアのことはともかく、ガレリアのヴォイド王はべつに宗教心が強い訳ではないから、フェリスが手に入れば、オレの名を大いに利用するぐらいのことはやってのけるんじゃないか? たぶんリリア僧を使っているのは、武装した兵より坊主のほうが小回りが利いていい、ぐらいの考えだろう?」


「ヴォイド王は、宗教にも魔法にも、何処か冷めた方だと記憶しています。……甘い言葉を聞かされても騙されるべきではない、と、うちの従兄弟殿を諫めるべきかどうかを悩んでいます」


「マクシミリアンなあ。フェリスが止めると、余計、意地になりそうだな」


「我ながら何もした覚えがないのですが……」


 何故かフェリスは従弟のマクシミリアンにはあまり好かれていない。

 

  理由は不明だ。


義母上と違って、従弟には恨まれる理由はないと想うのだが……。


 このように何もしてなくても嫌われてしまう男なので、可愛らしい無邪気な婚約者のレティシアが、フェリス様は私の逢った中で一番優しい方です!と気に入ってくれたことは、望外の幸運としか言いようがない。

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