王弟殿下とディアナの竜

「ガレリア王ヴォイドはフェリスを諦めきれないらしいぞ」


「……? リリア神殿でなく、王の部屋に雷を落として欲しかったんでしょうか?」


 レティシアの優しいフェリスは、書斎に顕現したレーヴェを見上げた。


初恋疑惑の可愛い十七歳は、最も似た貌の親族の竜王陛下と二人だと身も蓋もなかった。


「フェリスが乗ってくれないから、マクシミリアンを傀儡にするかーて誘ってんだが、いまひとつおもしろくないらしい」


「従弟の君を傀儡にしてどうしようと? 僕がヴォイド殿で、ディアナが欲しいなら、ルーファスに懐いて貰いますが。僕にしろ従弟の君にしろ、二番手三番手ですよ」


 フェリスは第二王位継承者、マクシミリアンは第三王位継承者、だが、それはあくまで何事かあったときの話で、第一王位継承者は、幼くともルーファスだ。


「そりゃあれだろ、マリウスもルーファスもフェリスも三人まとめて崖から馬車で落とされるのかもしれん。人間の悪いののやることは怖い。食べないのに殺す」


 レーヴェが肩を竦めている。


 竜は残虐と謡われるが、フェリスの御先祖殿はめっぽう情に脆い甘えた竜なので、人間の残酷さにときに困惑すると昔言っていた。


「崖には近づかぬように兄上とルーファスに伝えましょう」


 崖から落ちたくらいでフェリスは死なない気がするが、兄上とルーファスと護衛の者達はそうもいかない。


「ヴォイド王はディアナを欲しがっていましたが、ディアナの何が欲しいのでしょう? それなりに手がかかると想うのですが、ディアナを治めるのも」


「ディアナというか、フローレンスで最も祝福された国、歴史ある美しい王国、が欲しいんじゃねーか? ガレリアは最近拡大してるものの、古い国ではないし、もともと宗教心が強かったわけでもないのに、リリア教に肩入れしたのも、リリアの名で権威をつけたいからだろう?」


「ディアナの民をリリア教に改宗させるなんてやっかいな事、僕なら絶対やりたくありません」


 フェリス自身もそうだが、何かあると竜王陛下と言うのが、ごく一般的なディアナ人だ。


「オレ、愛されてるからな」


「自分で言わないで下さい、自分で!」


 フェリスは風を起こして要らない紙をレーヴェに投げつけたが、無論、そんなことで竜王陛下はかけらも動じない。


「だって本当のことだもん。オレ、ディアナっ子に愛し愛されてるもん」


「可愛い子ぶってもダメです!」


「えー。怖ろしい邪神とか哀しいから、オレ、善良な可愛い系の神様で売りたい」


「通りませんよ、今更そんなの」


「そうかなあ。オレなら、苺とかマフィンくらいで御利益あるぞ。可愛い神様だぞ。実家のちい嫁のお悩み相談役もしてるぞ」


「守護と慈悲のレーヴェ神の威厳がなくなりますから、黙っておくほうが無難です」


「千年の昔からそんなもんだけどな、オレ。段々、話に尾鰭がついてるだけで。狂暴でもなければ、残酷な戦う神だったこともない。オレの名を呼ぶ者は守る。オレの手の届くものは守護する。手に余るようなことは受けん。……リリアのように、人々を至高の高みに導くような気もない」


「レーヴェ似の僕が、リリア神に跪けば絵になるとか、そんな理由でガレリア王は僕に執着してるんでしょうか?」


「どうだろう? ヴォイドは知らんが、リリアは確かに喜ぶかも知れん。フェリスが跪くなら。あいつ、わりとオレの貌が好きだったから」


「……、……」


「フェリス、そんな怪しげな眼で育てのお父様を見るのはやめろ」


 子孫から冷たい視線を送られて、レーヴェは不満げな貌をした。


「……いつ、堅物のリリア神を口説いたんです、レーヴェ? 道理で、リリア僧のレーヴェへの何か怨念に満ちた態度が……」 


「オレはリリアを口説いたことなどないぞ。でも、こないだ、レティシアのことでサリアと話したときに……」


「レティシアのことで? 何を話されたのです、レーヴェ?」


 神々の話より何よりも、レティシアのことを、フェリスは尋ねる。

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