竜王陛下の代理人 3

「それは……たまたまマクシミリアンがリリアの教えに興味を持ったのか? こんな折に」


 さすがのお人好しといわれるマリウスでも、そうは思いにくい。


 しかも、リリア僧には注意を、とディアナにおいて触れを出してあるのに。


「サウス、ガレリアのヴォイド王はどのような人物なのだ?」


「虚無と飢餓の星を持つ方、と魔法省のセフォラが占っておりますが、まさにそのような飽くなき野心と功名心を糧に生きる御方です」


「功名心。既にガレリアの王であろうに、それ以上に何を?」


「フローレンス大陸全土に、その名を轟かせたいのであろうと」


「何ともはや、やっかいな男だな」


 マリウスなどディアナ一国でも考えあぐねて持て余すほどなのに、世の中には何と元気な男もいるものだ。


「ヴォイド王はフェリス様に御執心だったご様子。王弟殿下は相変わらずの、氷の王弟殿下としてのご対応でしたが」


「野心でフェリスの心を買えると思う人もいるのだね」


 マリウスは、頭上の美しい竜王陛下の絵画を見上げて苦笑した。


「人間は、人を自分の尺度で見ますから……」


「それでは見誤るね。レーヴェ様に似た我が弟の心を」


 誰にもわからない。


 母マグダレーナもフェリスが王位を奪うのではないかと怯え続けている(そもそも正当に手に入れた王位でなかったのだから、異常ほどに母が怯えるのも当然だった訳だが)


 誰かがフェリスの手助けをするのではないか、誰かがフェリスを王位につけようとするのではないかと。


 母上は何もわかっていない。


 そもそもフェリスがその気だったら、そんな誘いは、子供の頃から降るほどあったはずだ。


 あらゆる人々の思惑に満ちた誘いを躱すのに苦労した末、フェリスは氷の王弟殿下なぞと言われるようになってしまった訳だが。


 マリウスにだとて、王弟殿下は少し出過ぎではありませんか、少し懲らしめた方が、なぞと腹立たしいことを言ってくる臣もいた。


 ディアナ王家の兄と弟に波風立てたい者など、うんざりするほどいる。


 美しくも不器用な優しいフェリスが、ずっとマリウスを愛して、マリウスを支えようとしてくれているのが、おもしろくない人々がいるのだ。


「フェリス王弟殿下はつまらぬ誘いを断ることに慣れていらっしゃいますが、さて、マクシミリアン様は……」


「高位の王族として、いま、リリア僧との付き合いは控えるべきだ、と想ってもらいたいね。……困ったものだな。ガレリアからの人の行き来をすべて阻むという訳にもいかず……」


「マクシミリアン様には、少々、自重して頂く必要がある気がします」


「全くだね。……いい香りがするね、サウス」


「シュヴァリエからの贈り物の数々です。レティシア様とフェリス様から、陛下や王妃様や王太子様への薔薇の贈り物」


「シュヴァリエはいまごろ、薔薇に埋もれるようだろう。可愛らしい薔薇の姫をえて、はしゃぐシュヴァリエの民の顔が浮かぶようだ」


(あにうえ、シュヴァリエはよき処です。兄上も勉学のお休みにおいでください。人々は朝から晩まで畑に出て仕事をしています。みな、太陽の下で働いています。本の虫の僕には驚くことがたくさんあります。美しいものがあり、少々ならず、悪いものもありました。僕に任された役割として、少し片づけようと思います。王宮にいると、母の姿を探してしまうので、僕はここに来れてよかったと思っています)


 昔、幼いフェリスがシュヴァリエからくれた手紙をマリウスは思い出す。


 あんなに小さいフェリスを、一人、王宮から離すなど、父上はおかしい、とマリウスは一人立腹していたが、五歳のフェリスは、むしろシュヴァリエで大地の力を得たのか、シュヴァリエの根深い不正を改め、ディアナで最も富める地方にまで発展させた。


「そうですね。一番美しい季節のシュヴァリエを、レティシア姫のお目にかけられて、シュヴァリエの民も誇らしいでしょう」


「薔薇の姫は麗しく、そして身を護る小さな棘も持つ。優しいばかりでは務まらない。フェリスとシュヴァリエを守るよき姫が来てくれた。王妃たちにレティシアとフェリスからの贈り物を持って行くとしよう」


 御婦人方はシュヴァリエの薔薇の品を愛するから、ポーラも喜ぶことだろう、と薔薇の香水の瓶など見ながら、マリウスは新たな妹となるレティシアからの心遣いに和んだ。

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