竜王陛下の代理人

「陛下。シュヴァリエから御手紙が参りました」


「フェリスからか?」


マリウスは瞳を綻ばせた。


 フェリスとレティシアは楽しく薔薇祭を楽しんでいるようだと伝え聞いてはいるが、フェリスは母上の振る舞いを辛く想ってはいないだろうか、と案じていた。


 それに何より、竜王陛下似の美しい弟のフェリスがいない宮廷は殺風景だ。


 マリウスにとっても、皆にとっても、フェリスは華やぎであり、癒しだ。


 ディアナの政策について、考えるときに、「フェリスはどう思う?」と尋ねるのが、いつのまにかマリウスの癖になっていた。


 フェリスの考えは、マリウスと同じこともあれば、違うこともある。それがいい。


 考える事が全く同じであれば、尋ねるまでもないけれど、マリウスとフェリスは違う人間であるから、違う見方が出来る。


 マリウスが見落としたこと、考えつかなかったこと、思いはしたけれど口にする前に諦めてしまったことをフェリスが言葉にしてくれる。


 だからマリウスは王であっても孤独ではなかった。ディアナを守る双璧と称えられると、いいえ、もったいない、私は陛下の臣ですから、とフェリスは応える。


 竜王陛下似の美しい弟の人知れぬ苦労を、マリウスは知っている。マリウスもまた子供の頃から母の不安を持て余し、甘えているのだ、幼いフェリスの優しさに。


「いえ、陛下、レティシア姫から」


「おお、レティシア姫。シュヴァリエを楽しんでいるであろうか?」


 初めての謁見の際に。フェリスの妃と定められたサリアのレティシア姫は、まるでフェリスの小さな騎士のように、琥珀色の瞳でマリウスをじっと見上げていた。


 マグダレーナ王太后の茶会で、さんざんな目にあったそうだから、この兄だという国王はフェリスを義母のように傷つけたりしないか、見定めるように。


 マリウスは、そのレティシアの琥珀の瞳が気に入った。


 どんな者からも、愛しいフェリスを守るぞ、という意志に満ちた瞳は、どうしてもより強い者の権威におもねりがちな宮廷において、何よりも尊い。


 マリウスはフェリスを傷つけない、と判断して、レティシアの瞳が嬉しそうに綻んだ瞬間を、マリウスはきっとずっと忘れない。


(お母様、フェリスは……フェリスは悪くありません……!)


ずっと自分がちゃんとは守り切れなかったフェリスを、母の激昂から守ろうとする者が現れた。


 小さな、無敵の騎士のような姫。


 その小さな姫は、マリウスも頭の上がらない母を向こうに回して、フェリスの為に言葉を返したのだと。


 なんと愛しいことだろう。


 それはもしかしたら、いろいろと世の中のわかってしまった大人の姫には出来なかったことかも知れない。


「はい。シュヴァリエをひどく気に入られた御様子ですよ。……お優しい陛下、此度は私の国許が御手間をおかけし、申し訳なく、そうして陛下の御厚情を大変嬉しくありがたく想っています。マーロウ先生から、陛下が、悪しき占いから、我が妹のレティシアの名誉を守るようにと言って下さったとお聞きし、フェリス様とともに私はとても感激しています」


「何故、レティシアはそんなことに感激しているのだろうね。当たり前のことなのに」


 上機嫌で、マリウスは読み上げられるレティシアの手紙を聞いていた。


 サリアからは花嫁交換は取り下げ、レティシア妃の名誉を棄損したことを重ねて詫びる手紙が届いたという。


「陛下の妹として、レーヴェ様の娘として、フェリス様の妃として、恥ずかしくない娘になりたいと思っています」


「なんと愛らしいことか」


 マリウスも上機嫌だったが、読み上げていたサウス伯も微笑ましげで、いつもより優しい声になっている。

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