竜王家の礼儀作法について

「フェリスよ。お父さんはおまえを婚約者の前世の恋人のありやなしやを気にするような心の狭い子に育てた覚えはありません」


 レティシアと和やかな朝食を終えて、フェリスが居室に戻ると、ディアナの守護神が執務机に座していた。


「レーヴェ! そこは椅子じゃありません! どうしてそう変なところばかりに座りたがるんですか」


「固定概念に縛られてはいかん」


「概念じゃありませんよ。使用目的です。机は座る為の場所じゃありません。七歳の子供ですか、あなたは」


「いや、歳なら、千ともうちょっと……」


 数えられない、と指を折ってレーヴェは遊んでいる。


「歳のせいではありません、礼儀作法の問題です」


「そうだろうそうだろう。礼儀は大事だ。お父さんは可愛いフェリスを、無邪気なレティシアの前世の恋人まで調べるような礼儀知らずに育てた覚えは……」


「調べてはおりません。偶然、話題に上っただけで……」


レティシアは前世で未婚で、恋人もいなかったと。


 フェリスが一人、レティシアと愛し合った異界の恋人がいたら、異界の幽世でレティシアの魂を探しているのだろうか、と気にしていたことを、元気いっぱい小さな婚約者殿が、そんな心配は全然全くいりません! と否定してくれた。


「前世の恋人まで気にするフェリスって……」


「でも、異界に夫や恋人がいたなら、レティシアは逢いたいのでは、と僕が想ってもおかしくないと想うんですが」


 そんな相手がいたら、勝ち目がない。


 しょせん、レティシア本人が選んだ訳でもない、政略結婚の相手のフェリスでは。


「ああ、それはそうだな。……よかったな、フェリス! レティシア、モテなかったんだって!」


「違います。きっとレティシアは、異性の想いに気づきにくい令嬢だったんだと……」


「ああ。フェリスのレティシアへの重い愛情にまったく気が付いてないみたいにか? そりゃあいまも昔も困った大物のお嬢さんだな」


「全然気が付かれてない訳ではありません。フェリス様は私に甘過ぎますと、僕は常にレティシアに言われてます」


「……フェリスよ、そこは自慢するとこなのか?」


「どうでしょう」


ああ、いつものように御機嫌のかまいたい神獣のレーヴェはうざいけど、レティシアに決まった人がいなかったと聞けたのは、やっぱり嬉しい。


 レティシアの前世の恋人が、レティシアを探しに来る心配はないのだと想うと。

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