麗しの王弟殿下の花嫁になりたい
「お母様、フェリス様とレティシアに逢ったの。フェリス様がレティシア以外とは結婚しないって……私よりレティシアがいいって……」
一度枯れ果てたサリア王妃の庭の薔薇は、いまを盛りと咲いている。
女官達いわくディアナの王弟殿下の腕に抱かれたレティシアが「咲いて」と望んだら、薔薇が咲いたのだそうだ。
レティシアが、咲いてと望めば咲くのなら、散ってと望んだら散るのだろうか。
「そうね。アドリアナ、私のところにもいらしたわ。フェリス様は何故かレティシアがひどくお気に入りなの。だから、花嫁交換はとりやめになったわ。アドリアナにはよその素敵な王子様を探してあげるわ」
「嫌よ! 私はフェリス様がいい! あんな美しい男の方はほかにいらしゃらないわ!
イザベラの簡単な説明に、アドリアナは見るも悲壮な顔をした。
「いけません」
「どうしてよ! どうして災いの姫のレティシアなんかをフェリス様は……!」
「もうレティシアをその名で呼んではいけません。ミゲルは私の占い師から解任になりました。ミゲルの占いは間違いでした。これ以後ディアナ王弟妃となるレティシアを悪しき姫や不吉な姫、呪いの姫と呼ぶことは許されません」
「レティシアがフェリス様に頼んだのね! ずるいわ! ディアナの力を笠にきて……!」
「ずるくありません。レティシアはフェリス様の妃となり、ディアナの人間になります。もう私達とは違う国の人間です。レティシアのこともフェリス様のことも忘れなさい」
「お母様がずっとレティシアに勝ちなさいって言ってたんじゃない! ずっと、ずっとよ! 子供の頃から! 私はレティシアなんか大嫌いよ! ずっとずっと、教えてもいない文字を読む気味の悪い年下の従姉妹と競わなきゃいけなかったのよ! よそにお嫁に行くって聞いてせいせいしてたのに、どうしてあんな美しいフェリス様がレティシアの相手なの! いつもいつもずるいのよ! サリアの女神様は、きっと私よりレティシアが好きなんだわ!」
サリアの女神様は不公平よ、と一人、月を見上げた己の姿と泣き叫ぶ娘の姿が重なる。
レティシアとソフィアは実の親子だが性質が似てないし、フェリスとアーサー王はそれこそ似ても似つかないが……。
だが、あのディアナの二の君はダメだ。あれは娘の手に余る。レティシアを退けて、フェリス様に嫁いだところで、アドリアナは決して幸せになるまい。あの王子は……。
「そんなことはありません。フェリス様は水面に写る月のように美しい、怖い御方です。あなたの夫にはふさわしくありません。あなたにはもっと優しい方を母様が探してあげます」
「いやよ! フェリス様がいい! フェリス様じゃなきゃいや! 他の人はいやよ! フェリス様だって優しいわ、レティシアには!」
「フェリス様は何の気紛れかレティシアを気に入って優しいだけで、すべての娘に優しい訳ではありません」
ディアナの竜神似の王子の機嫌を損ねると、あの氷のような美貌で冷たい蒼い瞳で指一本動かさずに、イザベラの身体もこの部屋も粉々にされそうだった。まるで雷も嵐も彼の意志に従って動いてるように思えた。
この世に生まれてきて、イザベラはフェリスと二人で対峙したあの嵐の夜が、一番恐ろしかった。何かおそろしい人ならざるものと向かい合ってる気がした。
レティシアが何処かから現れると、氷のようだったフェリスの気配が少し和らぎ、期せずして、イザベラはさんざん苛めた姪の登場で、その夜、命を救われた思いだった。
「この話はこれでおしまいです。部屋にお帰りなさい。サリアは花嫁交換はとりやめました。レティシアを悪く言うことは許しません。これはどちらも、あなたのためなの、アドリアナ、わかってちょうだい」
「いやよ、わからない! 私はフェリス様の花嫁になりたい! フェリス様以外はいや!」
泣き叫ぶアドリアナを侍女に連れて行かせると、イザベラの胸で紅玉石の首飾りがぽうっと輝いていた。これも気味が悪くて外したいのだが、はずせない、と侍女が困っていた。
アドリアナが何を言おうと、あんな怖ろしいフェリスに嫁ぐなぞ無理が過ぎる。
レティシアはフェリスが少しも怖くないようだが、いくら可愛がられてるからと言って、あの娘も少し鈍いのではなかろうか……。
アドリアナにも、もっとフェリスを怖がってもらいたい……。
きっとレティシアといたフェリスしか見てないから、娘はあの方の怖さがわかっておらぬのだろう……。
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