竜の王家の血を継ぐ人々
「マクシミリアン様にはご機嫌麗しう」
「何も麗しくはないわ。そなたらの謀はまたしてもフェリスの人気を高めただけではないか」
イージス侯爵子息マクシミリアンは二十四歳。父のイージスは先王ステファンの弟にあたる。
現王マリウスとフェリスの従兄弟だ。
マクダレーナがフェリスに、フェリスが拒むならレティシアはイージスの嫁にしよう、と揶揄ったのをレティシアは知らないが、レティシアの十九歳年上の息子になっていたかも知れない青年である。
「これは手厳しい。我々もまさか王弟殿下自ら探索にいらっしゃるとは夢にも思わず……」
「フェリスは何処にもいることができ、それでいて誰の傍にもおらぬ男よ」
マクシミリアンは暗く嗤った。
彼は七歳年下の従兄弟のフェリスが苦手だ。
フェリスは全てを持っているのに、まるで何も持たぬような顔をしている嫌味な男だ。
いけすかない従弟だが、魔力なら、いま水鏡に写っているガレリアの高僧など比べ物にならないだろう。
「ですが、ディアナの民は現王マリウス殿に不審を持ちました。竜王剣はマリウス王を選んでいないのではないかと。リリア信徒の命がけの働きは有意義でした」
「はっ。どうだか」
命がけも何も、勝手に騒ぎを起こして、勝手に捕まっただけであろうに、とマクシミリアンは呆れている。
何もかもくだらない。
リリア信徒が何をほざこうと、竜王陛下の現身のようなフェリスが敬愛する兄マリウスにかしづいているかぎり、民の信頼は揺らぐまい。
マリウスはマクシミリアンとたいして変わらぬ平凡な男だが、竜王陛下の姿を写した美しい弟と並ぶ姿が彼の玉座に華を添えている。
愚かな伯母のマグダレーナは何かとフェリスを苛めているが、フェリスからの深い愛情と信頼こそが、マリウスの御代を安定させていることに気づかない。
「ディアナの民はやがて気づくでしょう。僭主マリウスの狡猾さ、美しい姿で人を惑わす王弟フェリスの邪悪さに! そのときこそ、ディアナの正統なる後継者マクシミリアン様のお出ましになるときです!」
「……おまえはディアナの民を知らぬ。マリウスを貶めたところで、あの貌のフェリスがいるかぎり、僕の出番なぞ……」
人生は三文芝居だ。
マリウスのように、たいした才もなくても、たまたま王の嫡子に生まれれば、その者が王になる。
マクシミリアンのように、もと王弟殿下の嫡子なぞ、ステファン王も亡きいま、ただの貴族と変わらぬ。ディアナに『尊いレーヴェ様の血を引く血筋の貴族』など履いて捨てるほどいる。
だが、フェリスは……。
(王弟殿下。フェリス王弟殿下。どうかこちらに)
(フェリス様。魔法を教えてください)
(フェリス様、剣の稽古を……)
ここディアナに生まれて、レーヴェ竜王陛下に弱くない者なぞいない。
怖ろしいマグダレーナ王太后の目を盗んでは、皆、少しでもフェリスの関心をひきたい。
あの竜王陛下そっくりの美貌と、ほんの少しでも向かい合って、あわよくば言葉を交わし、笑いかけてもらいたい。褒められたい。
「では、マリウス陛下の権威が地に堕ち、フェリス様がいなくなれば? そのときこそ、人々はマクシミリアン様を待望するでしょう!」
「ありえぬ話よ」
マクシミリアンは嘲笑した。彼はガレリアなど好きでもなかったが、荒唐無稽な話とはいえ、あなたさまこそがと褒められ、自尊心をくすぐられるのは悪くなかった。
こんなくだらぬ悪党でもなければ、誰もマクシミリアンのことなど思い出しもしないのだから。
「ガレリアの星見は、麗しきディアナの王弟殿下フェリス様に大いなる災いがふりかかると予言しております」
「災いの姫と謳われたちいさなサリアの姫がフェリスに不運を運ぶのか?」
「はい。マクシミリアン様。リリアの神は我らに正しき道を示しておられます」
悪だくみを神のせいにするな、とうちの竜王陛下なら不満だろうけどな、とマクシミリアンは想っていた。
初めからフェリスと一対の兄と妹のように、フェリスと手を繋いで楽し気に王宮を歩いていた金髪のレティシア姫は、婚約者を災いが襲ったらどんな顔をするのであろう。
ディアナのすべての令嬢たちの憧れの王弟殿下を手に入れた姫君は、フェリスにどんな運命を運ぶのだろうか?
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