氷の王弟殿下と随身について

「フェリス様は不良になられました」


「……? 僕が?」


自室で身繕いを手伝ってくれてるレイに言われて、フェリスは尋ね返す。


自分で言うのも何だが、ディアナ一、フローレンス大陸一の美貌こそ謳われているが、顔はともかくフェリスはパーティより家を愛する、おもしろくもない真面目な男だ。


残念過ぎて、乳母のサキから、フェリス様はお若いのですから、少しくらい羽目を外されてもいいかも知れません、と心配されるくらいだ。


「もっとも近しいこのレイにも一言もなく、他国においでになるなどと」


「ああ……、それは悪かった」


レティシアがあまりにも嘆いていたので、腹立ちのあまり、サリアの占い師の部屋に飛んでしまったのだ。


「私の大切な御主人様は、そのような御方ではありませんでした」


「レイ。芝居がかって僕を苛めるのはよせ。おいていったのは悪かった。でも、たいしたことは……」


「していらっしゃいませんか? 何処も壊しませんでしたか? 誰も儚くなっておりませんか?」


「人を暗殺魔みたいに言うな。誰も殺してない。これから結婚式だというのに、レティシアの国に行って、レティシアの親族を儚くする訳にいかんだろう」


「それは重畳。乱暴者のフェリス様も、レティシア様をお迎えになって大人になられました」


「僕がいつ乱暴者に……」


「サリアは時ならぬひどい嵐が吹き荒れたようですが、レティシア様は驚いていらっしゃいませんでしたか?」


「レティシアは僕が雷に撃たれないか心配してたよ」


我がちいさな婚約者殿は聡いのに鈍い。そこが可愛い。


「おや。では、嵐がフェリス様のお怒りのせいだとは気づいてらっしゃらないのですか」


「うん……。フェリス様、危ないです! て心配してくれるレティシアが可愛すぎて言いかねて……」


「そうですね。レティシア様はサリア王家のことに御心乱れておいででしたでしょうし。温厚な私も、花嫁を交換せよなどとおかしなことを言われては、フェリス様が多少激しいことをなさっても御諫めしないつもりでした。しかし、まさか、このレイを置いてお行きになるとは……」


「わかった。連れて行かなかったのは悪かった。僕が何かしたら、レイが怒るかと想ったんだ」


「今回は何かされても、向こう様が悪いと思っておりますよ。当家のレティシア様を侮辱なさったんですから」


「うん。レイも僕と同じように、レティシアの為に怒ってくれて嬉しいな」


「当然です。サリアの方は、レティシア様がいかに得難い姫君でいらっしゃるかということを全くわかっておられません。花嫁なら誰が来てもうちのフェリス様が気に入ると想っているのが、考えが甘過ぎます。フェリス様がそんな方なら、星の数ほどのディアナの令嬢方も嘆きませんし、そもそもが氷の王弟殿下の渾名も頂きません」


「おまえまで僕を変人扱いするな」


「変人とは言っておりませんが、誰とでも心を交わせるような我が主だとも思っておりません」


「まあ、それはそうだね……」


レティシアが特別なだけで、これまでフェリスは誰にも心を惹かれた経験がないので、それは単なる事実である。

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