眠れる、竜王陛下の愛しい娘

「レティシアは寝たか?」


「はい」


シュヴァリエのフェリスの寝室に、ディアナの愛され竜神様が顔を出す。フェリスのベッドではレティシアが幸せそうに眠っている。


「なんでレティシアはグラス握りしめてるんだ? 危なくないか?」


「と思うのですが……離さなくて。くまちゃんの代わりでしょうか……」


「フェリスの手だけじゃ物足りんのか?」


レティシアは右手に空のグラス、左手にフェリスの手を握りしめて、眠っている。


「レティシアはいつも僕とくまちゃんを併用して眠ってますので、片方の手が寂しかったのではと……」


フェリスは月明かりの下、レティシアの眠りを守りながら、空中に浮かした書類を読んでいた。


シュヴァリエに戻って来たら戻って来たで、ここにいるあいだに、少し見ておきたい書類も多々ある。


「レティシアにとってフェリスはくまのぬいぐるみと同格なのか?」


「ロマーノ爺のくまと同格となれば、氷の殿下と揶揄された僕もだいぶ出世したかと……レーヴェ、居酒屋に関しては、レティシアがとても喜んでいて、教えて頂いて有難かったですが、そもそもなんで危ないサリアにレティシアを……」


「いい店だったろ、あの酒場?……ああ、だってフェリスが、うちの奥さんなら絶対怒るやり方するから。ああ、オレの息子だなーと想って」


空中に浮かんでいるレーヴェが、愛し気にフェリスを見下ろす。


「アリシア妃なら?」


「私のことなのに、私をおいて行くなんてありえないわ、レーヴェ! て怒られる、ぜったい」


「アリシア妃は戦う姫ですが、レティシアはまだ小さいので……」


「小さくても、おいてかれるの嫌だと想う。ちびちゃん、花嫁交換は嫌だって言いに、フェリス様にサリアに連れて行って貰おう! て燃えてたし」


「レティシアがそんなことを……?」


そうか。嫌な場所に連れて行かずに、レティシアが眠ってるあいだに終わらせてしまおう、と想ったんだけど、僕の勝手な考えすぎたろうか。


「それにレティシアはフェリスよりお姉さんなんだろ、中身は?」


「たとえ前世の記憶があっても、身体はちいさいな子供です。レティシアはまだ……いえこのさきもずっと、僕が守るべきちいさな姫です」


「そしてこの子がおまえを護る。……ちびちゃんが言ってた。フェリス様が黒くなりそうになったら、私が手を繋いでなきゃいけないの。フェリス様が何処かに行ってしまいそうで怖いからって」


「………、………」


眠るレティシアに、ぎゅっと手を掴まれたままのフェリスは、婚約者殿を見下ろして、やや赤面する。


「……レティシアはネイサン王が僕を怖がり過ぎだって怒ってました」


「そりゃ本当に怖かったんだろうな」


「僕としては、サリア王家の方々に怖がって貰おうと想ってたので本望なのですが、……レティシアに怖がられなくてよかったです……」


「ちびちゃん、変なとこ鈍すぎじゃね? オレのことも善良で儚い精霊だって想ってるし、フェリスが荒れてるから起きてる嵐相手に、フェリス様、雷が危ないです! とか言ってて……うちの娘、か、可愛すぎてもう…… 」


堪えきれないと言いたげに、レーヴェが爆笑しだす。


「誰にも善良で儚いなんて言われてませんよ、レーヴェ、勝手に盛らない。大笑いするならよそでしてください、レティシアが起きる」


フェリス様、雷が危ないです! て……フェリス自身も参った。


レティシアはそれをフェリスかやってるなんて夢にも想わないのだ。


いや普通の婚約者は、腹が立っても、嵐は起こさないのか? 


……それはそうだな。


そんな人だとバレても、レティシアは僕を好きでいてくれるかな。


いてくれるといいな。


「レティシア。悪い男ではないけど、手はかかるぞー、うちのフェリスは」


レティシアの柔らかい金色の髪をレーヴェが撫でる。


「レーヴェ、勝手に触らないで下さい。僕のレティシアが減ります」


「減らんわ。オレの愛しい娘を癒そうとしてるのに、ホント、失礼な子孫だなー」


「いらないです。竜気なら、僕から分けます」


この世のものとは思えぬような美しい貌で、先祖と子孫は、眠るレティシアを挟んで文句を言いあっていた。


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