サリアの災いを呼ぶ姫 65

「それに比べて、フェリス殿下は男だよな!」


ぴくぴくとマントの中でレティシアの耳が動く。フェリス様推し同担の予感……?


「殿下からも、ディアナからも、花嫁はレティシア姫以外考えられないって手紙来て、いま、イザベラ王妃ぶっ倒れて魘されてるんだってさ」


「いいねぇ。オレにはわかってたよ、フェリス殿下はそういう御人だよっ!」


わかられてたのですか、フェリス様と眼でお尋ねすると、お逢いしたことはないと想うよ……? と


フェリス様は微苦笑。


「おまえ、王宮帰りの奴の話聞くまで、もう駄目だ、レティシア姫、連れ戻されたら可哀想すぎる、せっかく初恋の王子とディアナでお幸せなのにてメソメソしてたじゃねーか」


初恋の王子……? とフェリス様を見てみる。叶わない夢の中の初恋の王子様とかにはぴったりのビジュアルだけどフェリス様。


「うちのちいさいお姫様はさー」


フェリス様の碧い碧い瞳を見つめながら、レティシアは酒場の人たちのお声を聞いてる。


「ちいさいのに義理堅いっつーか、損するタイプなんだからさあ、あれっくらい派手な王子様に護ってもらいたい訳よ、オレは! 男前だし、強そうじゃん、フェリス殿下!」


「まあレーヴェ神そっくりだしな。御先祖の神様そっくりなんてそれ以上に強そうな人ないわな」


初めてお邪魔しましたが、この居酒屋さん、いいところです。我が推しフェリス様を褒めて下さいます。実家の王宮よりお目が高い方が集っておいでです……。


「それもいーじゃん。レーヴェ神ってむっちゃ奥さん大事にする人らしいから、そこも似てて欲しいな」


「フェリス殿下と私の結婚が、サリアを護ることを望みます、て言ってた姫さんがさー、そんなこと忘れちゃうくらい、幸せにしてやって欲しいよ」


「ホントだよ、お花畑で遊ぶのが仕事の歳ごろの、あんなちいさい姫にそんなこと背負わせてさあ、不甲斐なくてさあ……オレらもっと働いて、姫さんや子供が呑気でいられるサリアにしてやらにゃ……」


どうしたことでしょう、眼から水が……せっかく、御主人がレティシアの為にいれて下さった、貴重な今年のサリアのいちごで作ったいちご水に、水が……落ちて……。


「レティシア、だいじょうぶ?」


フェリス様の優しいお声。


ちいさなレティシアのからだじゅうに、閉じ籠められてたいた、いっぱいの哀しみと寂しさが……。


(おまえなんて、幸せになれるはずがない! 誰にも、愛されるはずがない!)


アレクがレティシアを呪った声が、たくさんの人々の祈りの声に消えていく。


(幸せになりますように。遠くで暮らす、ちいさい姫様が幸せになりますように)


(ディアナの王子様がレティシア姫を大切にして下さいますように……)


「レーヴェがね……でなくて、サリアの街を歩いた者がね、ここに寄ってから帰るといいって……泣いてばかりいるレティシアに聞かせたい声があるからって……愛されない姫なんて勘違いはしないでやれ、と」


「……フェリスさま……」


サリアの王女に生まれたのに、サリアの為に、何もできなかったのに、心配してくれてる人たちがいる。レティシアが結婚にかけたサリアへの祈りを汲んでくれる人が、いた。


「ん? どーした? ちびちゃん、泣いてるのか? 外の雨、冷たかったなら、もっとこっちの火のほうへ……、え、え、え、レティシア姫!?」


「馬鹿、こんなしけた酒場に、レティシア姫がいるはず……、フェリス殿下?」


え? とエールの盃を掲げていた男は、壁にたくさんベタベタ貼られたフェリスとレティシアとサイファの号外の絵と、背の高い青年の腕の中に隠すように抱かれて、いちご水に涙を零している少女を見比べた。


「あの、あの」


「ああああ、きっと幻だと思うんで、いまお願いしときますけど、フェリス殿下、レティシア姫をよろしくお願いしますね!  幸せにしてあげてくださいね! 花嫁交換とかやめといたほうがいいですよ!」


「天にも地にも、私の花嫁はレティシアだけ。そこは安心してもらっていい」


フェリス様が答えたら、男の人は、やあったああ! と叫んでいた。


可愛い。


サリアの人ってこんな感じなんだ。レティシアの国の人なのに、暮らしていた時は、宮廷の中の人としか接する機会がなかったから……。


「わあああ、どうせ幻なら、乾杯しとこう、フェリス様、レティシア姫、御結婚おめでとうございます!」


「ありがとう。レティシアの無事を祈ってくれて、感謝する。……きっと幸せにする、君たちの大事なレティシアを」


わあ! とフェリス様の声に、酒場が湧いた。


「姫様、フェリス様、こないだ生まれたロブの子に祝福をください。こいつ、みんなに見せたいって酒場に赤ん坊連れて来て、嫁とおっかあに大目玉食うとこだったけど、おかげで大威張りできるぞ」


「赤ちゃん……」


熊のような大男の父親に抱かれた赤ん坊は、ふくふく太って、幸せそうだ。これから大きくなる子供。


サリアの赤ん坊。


「この子が幸せに育ちますように」


「この子と常に祝福がともにありますように」


おっかなびっくり、レティシアとフェリスはその赤子に祝福を授けた。二人で眼を見交わして、こんなので大丈夫かな? と心配しつつ。


「レティシア姫、幸せになってくださいね! 」


酒場にくるにはちょっと早いのでは? な少年に眼を輝かせて祈られる。もしかしたら、ここの居酒屋の息子なのかも知れない。


「ありがとう。……あなたにも祝福がありますように」


レティシアが頷いて微笑すると、少年は嬉しそうに破顔した。


「今宵の酒は私が奢ろう。私達はこれで失礼するが、よい夜にしてくれ」


ひとしきり酒場の人達に二人の結婚を祝われたのち、フェリスが言って、レティシアは嬉しい涙を落した苺水のグラスを持ったまま、シュヴァリエへと転移の魔法で戻ることとなった。




その夜、聞かせてもらったサリアの民たちの声を、レティシアは生涯忘れることはなかった。




父様と母様を失って以来、辛い思い出しかなかったサリアでの記憶に、それは忘れがたい夜となった。






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