サリアの災いを呼ぶ姫 64

「いらっしゃい。おや男前の兄さん、どうしたんだい? その子、具合が悪いのかい?」


「店主よ、男前ったってその兄さん、被り物してんじゃねーか」


「はっ。これだから素人は。マント被ってたって男前は男前、まあまあはまあまあの匂いってもんがあんだよ。何年、居酒屋やってると思ってんだ。……兄さん、その子、具合が悪いんなら、そのへんで医者も飲んでるよ、藪だけど」


「……いや、この子は足が疲れてるだけだよ。ありがとう、ご親切に」


足は疲れてませんー! だって一歩もフェリス様が歩かせてくれないしー! むー! むー! とフェリスの腕に抱かれっぱなしのレティシアは、口がぺけぽんの形になりそうだった。


でも、サリアに住んでいたときに訪れたこともない下町の居酒屋は、ちょっと怖かったので、文句を言わずに、フェリス様の胸に顔を隠していた。フェリス様の肌からはこんなときでも香しい薔薇のいい匂いがした。


「そうかい? じゃあ、何飲む? エール飲むかい? いやあんたなら葡萄酒かな?」


「………、サリアの苺の酒はあるかい?」


「おやまあ、男前が、随分可愛らしいことを。あるよ、今年のサリアのいちご酒。ああ、その子に呑ませたいなら、いちご水だそうか? 酒はいってないのもあるよ。外は雨で冷えたろう? なんかあったかい食いもん、食うかい?」


「ありがたい。任せるよ」


およそ下町の居酒屋に似合いそうもないフェリス様だけど、なんとなく馴染んでるのが凄い。これはディアナのおうちの御本で読んだ竜王陛下のお忍び好きの血なのかしら。


「いつまでもよく降るよなあ」


「でもこっちはましらしいよ。さっき王宮から帰ってきた奴、ミゲルんとこと王様の部屋に雷落ちたって……」


「そりゃあミゲルと王様、ついにバチがあたったんだな、レティシア姫に意地悪ばっかするから」


どっと酒場中から明るい声が湧いた。


えええ、私? ていうか、叔父様の部屋に雷落ちたのに、みんな明るい……。


「美貌のレーヴェ神のお怒りか?」


「わかんねーぞー、サリアの女神様だっていい加減嫌気がさすだろ、悪いことばっか言うから、あの占い師」


「あいつは王妃様に逆らえないんだろ?」


「にしたって漢気ってものがないわな、幼いレティシア姫に嘘八百の悪い占いばかりして、それで飯を食おうなんざ、占い師の風上にもおけねぇ、どうせ当たらないならいいこと言いやがれってんだ」


「宮仕えは辛かろうが、そんな奴あ、サリアの男の恥だね!」


わたしのお話……。レーヴェ神殿でも驚いたけど、サリアの民が、レティシアのことを気にしてくれてるなんて、レティシアは想ってなかった……。遠くのディアナに行っちゃうし、ああ、レティシア、そんな王女様もいたっけ? そういや何だか縁起の悪い、不気味な王女様がいたよな、くらいかと……。


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